「全然。
オレ、金は全額母さんに渡して、そこから小遣いをもらって生活してるから。
働いていても、ごく普通の高校生と暮らしぶりはあんま変わんないよ」
なら、なおさら、矢楚に全部出してもらうなんて気が引ける。
広香は、どうそれを伝えようか頭をめぐらせた。
しかし矢楚は、くすりと笑って言った。
わずかの笑みに、包容力が備わっている。
大きな手で頭を撫でて、心配ないよ、そう言われたような、温かさ。
「日頃、慎ましいから、たまに使うのは許されると思うよ。
それに、移籍が決まったんだ、イタリアのチームに。だから、お祝いっていうことで、いいかなって」
「イタリア?」
木綿子が驚いて聞き返した。広香は息が止まった。
「もともと、高校卒業したら、留学に行くつもりだったんだ。
でもね、二年前に半年在籍したスペインのユースの監督が、イタリアのボローニャで監督に就任することになって。
ユースじゃなく、きちんとトップ・チームに迎えてくれることになったんだ」
詰まっていた息がするりと出ていった。
広香は、よかったね、と言った。心の底から。
矢楚は順調に夢を実現している。
何が起きようとそれでも続く人生を、生きている。
矢楚の肩ごしに、青い海と白い波がきらめいていた。
矢楚は、輝いていて。
眩しいけど、私、苦しくはない。
私は平凡でも誇れる人生を生きる。


