知也が乗り込んで、行くべ、と矢楚に言った。
矢楚がするりと車を発進させる。
矢楚が運転してる。大人の男の人みたいに。
不思議だった。
知也が振り返った。
「腹、減ってる?
チェック・インは二時だから、メシを先に食おうかと思ってるけど」
十一時を過ぎていた。
木綿子が元気に答えた。
「そうだね、お昼にしよう、私、沖縄そば食べたい」
「あ、そばは無理。テイクアウトできないから」
知也が即座に却下した。
「なんでよ」
「スター選手と行動してるんだ、目立つとマズい。
スポーツ紙には載りたくないだろ」
「そっか。有名になると不便だね、藤川選手」
木綿子は大らかに笑った。
「知也が言うほど大袈裟な話じゃないし、普段はまったく気にしないで生活してるんだけど。
万一、木綿子と広香に迷惑かけちゃいけないから。
旅行の間は用心しようと思うんだ」
バックミラー越しに矢楚が言う。
サングラスもただの日除けや伊達でしているのではないのだ。
広香は、矢楚が立つ場所の眩しさを垣間見た気がした。
「ちゅうわけで、ここなんかどうだろう」
知也が木綿子に情報誌を渡し、指で一軒の店を示した。


