「矢楚〜!」
月を仰いでいると、遠くから弾むような声が呼び掛けてきた。
声のするほうを見るが、矢楚の立つ中庭のほうが明るいので、よく見えない。
やがて二つの人影が、中庭に降り立った。
広香と木綿子だった。
広香は制服だったが、
木綿子は真っ赤なブルゾンにミニスカートを着ている。
「ちょっと、矢楚〜。久しぶりだね〜」
木綿子と話すのは、広香と別れて以来だった。
学校で見かけても、視線を交わしてかすかに挨拶するくらいになっていた。
お互い、思うことがあったから。
一時のわだかまりや気まずさが氷解している。
不思議な夜だ。
木綿子は向かいに立つと、上体を少しだけ仰け反って矢楚をまじまじと見た。
「見た目は、元気そうだね、藤川選手」
矢楚は苦笑して、首を傾げて木綿子を眺めた。
「木綿子、その格好」
木綿子は、腰に手を当てポージングした。
「この寒空の下、こんなカッコで売り子しておりましたのよ」
それに広香が捕捉する。
「チアはたこ焼き屋を出店してたの」
空気を震わす広香の声に、矢楚はたまらない気持ちになった。
ぐっと足を踏張る。
なんだか、吸い寄せられるみたいに体が広香へ傾きそうだった。
顔が見れない。
へえ、とだけ相づちした。


