沈み込んだ矢楚に、コーチが肩を叩いて言った。
「今年、うちのユースから一名、レアルのユースへ半年派遣する枠がある。
希望者はたくさんいるが、藤川に渡したい。
わかるか、監督の期待が」
しかしコーチの言葉に本郷監督は失笑した。
「私より、経営陣が、君に大いなる期待を持っているんだよ。
今や日本のスポーツ界全体が、高校生プロを持て囃す時代だ。
チームに華を添えて、観客動員も狙える、藤川と早く契約しろとうるさくせっついてきたと思えば、
プロに移行した途端にスランプになったというのは、監督の私が潰しているんじゃないかとすら、言ってくる。
煩わしいよ、正直ね」
コーチは、あからさまに話す監督から庇うように言った。
「お父さんを亡くしたばかりだ、こちらも理解はしてるんだ。
でも、どんな状況でもピッチに立てばベストであることが求められる世界だ、わかるだろう。
どうせ冬から春にかけてはオフシーズンだ。
半年向こうで学んでこい。そして開幕戦に合わせて、帰ってくるんだ」
矢楚は、やっとの思いで口を開いた。
「いつ、発つんですか」
「来週には、行けるか」
「来週……」
急すぎる話だ、しかし矢楚には他に選択肢などないことは分かっていた。
「わかりました」
チームになんの貢献もしないまま、国外へ半年も留学する。
オレは、ただの給料泥棒だ。
矢楚は恥じ入り、部屋を去る以外になかった。


