沙与は口元にかすかな笑みを浮かべ、小さくため息をついた。
「ね、死ぬ直前に、人生が走馬灯のように見えるっていうでしょ。
お父さんは、どうだったんだろ。
一瞬で駆け抜けていったお父さんの人生の走馬灯、
私ね、自分がそこに映ったとは思えないの。
あの人に愛されていた気がしないから」
沙与は深く息を吸い、そして吐き出すと、不思議だね、と呟いた。
「私ね、今朝まで、矢楚から電話もらうまで。
頭おかしくなりかけてたんだ、お父さんへの怒りで。
私の頭の薄暗い穴蔵にね、とぐろを巻く蛇が、それはそれは太った蛇、住みついてたの、不倫を知った日から。
でも、いま、いないよ。
なぜかな、お父さんと一緒に消えたのかな。
私、最後まで愛されたかったんだね。
でも、いまやっと、諦められた。解放された」
再び、沙与の目からは涙が溢れた。
しかし、その顔は静かな笑みが浮かんでいる。


