柴本亜希に何かを言ったところで、
狂おしくさまよう矢楚の父を救うことなどできないのだ、と広香は思った。
広香が矢楚の輝きに耐えられなかったように、
柴本亜希の奔放さや生き難さもまた、
仕方のないことなのだと。
一度も振り返らない柴本亜希がこの先どこへ向かうとしても、
そこに矢楚のさらなる苦悩があるとするならば。
私はそれをただ見ているのだろうか。
木綿子は言った。
私たちは無力でも、広香なら矢楚のためにできることがある、と。
柴本亜希の潔い背中のようには、
すぐさま意を決することのできない自分が情けなくて。
広香はベンチに腰掛けたまま灰色の空を見上げた。