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柴本亜希は、クラブの敷地を熟知しているようだ。
迷うことなく、この人気(ひとけ)のないベンチへ広香を連れてきた。
トレーニング施設を背にして設置されたベンチは、建物の軒下になっていた。
風はどんどん強まっていた。
灰色の雲がクラブの上空にみるまに集まってくる。
蓋をされたみたい。
低くなった空を見上げていると、柴本亜希が言った。
「台風の足が早まったね」
「台風?」
聞き返すと、呆れ顔で柴本亜希が言った。
「台風、九州に上陸してるよ。
天気予報も見ないでスポーツ観戦に来たんだ。
それとも、試合を観にきたわけじゃない、とか」
その通りだった。広香が見にきたのは試合ではなく、矢楚の父親だった。
柴本亜希が帽子をとった。
首筋から鎖骨のラインがまろく美しい。
触れたくなる。
女の子に対してそんな風に思うのは初めてだった。


