木綿子が頷いて話しだした。
「うちのチアがね、一昨日の土曜。
矢楚のユースの試合で、オープニングのパフォーマンスを務めたの。
私たち一年は、見学してただけなんだけど。
矢楚は、夏の間はブィットリアの練習に参加していたから、その試合がユースに戻って最初のやつでね。
見学に来た人も、多かった」
矢楚は、ブィットリアの一員としてJリーグの公式戦に、何度か出場した。
ほとんどが、10分ほどの短い起用だったが、
出場した数試合のトータルで、1つのゴールと2つのアシストを決めた。
それは、15才のJリーガー誕生として、スポーツ紙にも取り上げられた。
「その見学人の中に、明らかに様子の変な男の人がいたの。
くたびれた部屋着を着て、頭もボサボサで、死んだような目をして。
じっと、試合を観てた。
チアの子たちは、怖がってた。私も。
うまく言えないけど、気が狂ってしまっているような、そんなオーラが出てたから。
そしたらね、ユース生の父兄の一人が、言ったの。
『あれ、藤川じゃないか?』って」
この話を聞くのは二度目だった。
まただ。
黒い大きな手が伸びてきて、広香の胸を思い切り絞る。
痛みで息がうまくできない。


