矢楚は自分の部屋に入ると、ベッドに腰掛けた。
沙与に借りた詩集をパラパラとめくる。
あった。
それは、『限りなき空』と題した詩。
広場で、早朝デートをしていた夏のある日。
矢楚が行くと、すでに広香はベンチに腰掛けて本を読んでいた。
『なに読んでるの?』
『あ、国木田独歩の詩集』
『知らない人だな。
読んでみて、広香の一番好きなやつ』
『え…。恥ずかしいな』
話すときよりわずかに高い声で、広香がよみあげる。
澄んだ声が、美しい日本語を奏でた。
生まれたばかりの一日。
始まったばかりの恋。
その時の矢楚には、詩の内容は頭をすりぬけていた。


