自転車から荷物をおろしている矢楚をおいて、広香は数歩だけ桜に向かって歩いた。
桜が、泣いてる。
広香には、その桜が滂沱(ぼうだ)の涙を流して泣いているように見えた。
さくら色の慟哭。
広香は、思わず右手で胸元をぎゅっと掴んだ。
後ろから、紙袋を抱えた矢楚が、きれいでしょ、と近づいてきた。
矢楚にはこれが、美しいとだけ映っているのだ。
この哀しみは、広香にしか見えていない。
小さく、うん、と言った広香の左手を、矢楚が握った。
そのまま手を引かれて緑の土手をあがっていく。
土手の頂上というより、やや川寄りの傾斜地に桜は立っていた。
矢楚は太い幹の傍まで広香を連れてきてから手を離し、
紙袋から銀色のレジャーシートを取り出した。
それは広げると、表が紺と緑のチェック柄のフリース地になっていた。
横が1メートル半ほど、幅は50センチくらいのその敷物に、ドサっと荷物を置いて、
矢楚はさっさと靴をぬいであぐらをかいた。


