そう言うと矢楚はかすかに首を傾げ、いたわるようにそっと広香の左頬に手を当てた。
矢楚に頬を触られたのは、初めてだった。
矢楚は、広香の手以外にはあまり触れない。
細心の注意を払い、慎み深くあろうとする矢楚の姿勢に、広香も気付いていた。
だからこそ、広香は安心して、
少しだけ大胆に、矢楚に触れることができたのだ。
これまでは。
広香の小さい顔は、こめかみから顎の下まですっぽりと矢楚の温かい手に包まれていた。
「顔色も、青ざめてるよ。今日は無理しないほうがいいね。うん、目も少し潤んでる」
広香はとっさに目を伏せた。広香の睫毛が、矢楚の指をかすった。
「平気。久しぶりに外に出たからだよ、きっと。
矢楚、これ、誰の自転車?」
広香は矢楚の傍らにある自転車に目を向けた。
矢楚は問いかけには答えず、広香の顔を考え深げに眺めていたが、数秒ののち頬にあてた手を下ろして言った。
「ああ、姉ちゃんの借りたんだ。
広香を後ろに乗っけて、連れていきたい場所があったから。
でも、今日はやめとくよ」


