『広香』 右の耳から、矢楚の柔らかい声が入ってきて、頭の中を満たしてしまう。 心地よい声。 こんなに矢楚の声が好きだったなんて、 こうして電話をもらうようになるまで、広香は自分でも知らなかった。 「うん…」 矢楚の呼び掛けに応える自分の声は、まぎれもない、恋する女の子のそれだ。 どれほど矢楚の声を恋しがっていたか、 簡単にわかってしまう。 だから、広香が矢楚に会いたがらなくても、 矢楚は広香の心に生まれた決意など想像できるはずもない。