幼かったあの日。
母と手をつないで見た、見事な白木蓮は。


数日後に吹いた春一番と、その夜まじった強い雨で、無残に散っていた。



自転車に乗ってここを通りかかった幼い矢楚は、地面に落ちて泥にまみれた白い花を目にして、茫然とした。


恐竜がいた頃から、この地上に見事な花を咲かせていた、
母さんがそう教えてくれたのに。

あんなに綺麗なものが、逞しさを秘めて命を繋いできたことに、矢楚はわくわくしたのに。



花の終わりのあっけなさと、目を背けたくなるほどの無残さ。

急にそれを思い出して、矢楚は胸が苦しくなった。



今年もまた、白木蓮は目に染みるほど美しく咲くだろう。
春の嵐までの、束の間を。


ふいに吹き荒れた柴本亜希という嵐が、
矢楚の一番大切な花を、
地に落とそうとしていた。