ひとしきり泣くと少しだけ気が楽になった。
嗚咽は止まり、涙も枯れた。
「15分24秒」
後ろから柔らかい声が響いて、広香は振り返った。
自分の斜め左後ろに、見覚えのある少年があぐらをかいて座っていた。
泣きすぎてぼんやりする視界のせいか、その少年が着ているコバルトブルーのスポーツウェアは目に差し込むようだ。
やがて広香は、この子、藤川矢楚だ、と気付いた。
数日前の朝会で見知ったばかりだった。
藤川矢楚は、自分の右腕のスウォッチを指差して見せながら、
「何をそんなに泣いてたの?あんまり長いからタイム計っちゃった」
と、なんだかちょっとひどいことを可愛らしい笑顔で言った。
精悍な体付きと、ジャージ姿。そんなスポーティーな姿なのに、藤川矢楚は天使のように清らかで美しかった。
近くで顔を見るのは初めてだった。
藤川矢楚には外国の血が交ざっているのかも知れない。
外を駆け回っているにしては白い肌。瞳も髪も色素が薄い。
切れ長の目に長いまつげ。すっと通った鼻筋に、大きな口。くせのある髪。
この、藤川矢楚に匂うかすかな異国の風貌が、広香に天使をイメージさせるのかも知れない。
「あげる」
藤川矢楚はペットボトルを差し出した。
言葉を失ったまま広香は受け取った。スポーツドリンクだった。
藤川矢楚は座ったままストレッチをはじめた。


