「俺が家に帰ったら、
母さんが手首を切って、
台所の床にへたりこんでたんだ」
広香は、矢楚の頭に自分の頬を寄せた。
残酷な現実から守るように、そっと。
「俺が駆け寄ったらさ、
お父さんを驚かしたかっただけよ、
って母さんは言うんだ」
変な言い訳だよね、矢楚はため息混じりに言った。
「包丁って、意外に切れないのね、矢楚。
って、母さんが苦笑いして言って。
俺、どうしていいか、分かんなくなってさ」
震えた矢楚の声が、広香の胸の中に吸い込まれていく。
哀しみも、
やりきれなさも
矢楚を苦しめるものすべて、
私の胸に全部流れ込んでしまえばいいのに。


