急に旅行バッグが重く感じられ、エレベーターへ向かう足取りが遅くなる。 矢楚の顔だけ。 見たら、すぐ帰ろう。 そう思い直してエレベーターを捉えた広香の目に、 射し込んだ鮮やかなライムグリーン色。 矢楚だった。 廊下の先、薄暗いソファーに腰掛けている。 エレベーターから、十メートルほど離れた場所。 そこは『院内図書室』という看板が立てられた一角。 ドアはなく、廊下の少し奥まった六畳ほどのスペースに、本棚とソファーが置かれただけの簡素な図書室だった。