母は広香の傍に立つと、何も語らず、広香が泡をつけた食器をすすぎはじめた。
やがて背後で、義理の祖母がリビングへ移動していく足音が聞こえた。
すると母は言った。
「広香。部屋に戻っていいよ」
「え、いいよ、別に」
義祖母たちに命令されたのは気に入らなかったが、母と話す時間が持てたことは、広香には嬉しいことだったから。
この家に来てから、寝室も母と別になった。
以前は、布団に入り寝付くまでの間、母と一日に起きたことを話した。
けれどこの家ではそんな時間も奪われた。
義祖母が「新婚だもの、わかるわよね」
と広香に言ったときの、気持ちの悪くなるような表情を思い出し、広香はぞわりとした悪寒を感じた。
「木綿子ちゃんと、どう?」
母の声で広香は我に返った。
「すごく気が合うから、学校も楽しくなってきたよ」
「よかった……。ねぇ、広香も、木綿子ちゃんとミニバスケやったら?」
なぜ母がそんなことを言うのか、広香は訝しく思った。
広香は勝負にこだわらない性分で、競うことが多いスポーツにまったく魅力を感じなかった。
ほんの小さな頃からそうなのだ。
母は少し疲れたように笑って、小さい声で言った。
「この家にいると、広香までだめにされちゃいそうで」
じゃあ、どうしてここにいなきゃいけないの。
込み上げる思いに広香の手が止まった。


