月光レプリカ -不完全な、ふたつの-

 眼鏡をかけ直し、すっと前を向いて歩いて行く。

 ふと、先輩の顔がこっちを向いた。

 体育館の隅に立っているあたしと目が合う。遠いけど、こっちを見ているのが分かった。

 もうすぐ出口だという時、中尾先輩が列から出て走り出した。注目を浴びている。

 だって、真っ直ぐにあたしのところに来たから。

「……え」

 中尾先輩は、あたしに手を差し出す。握手を求めている。

 あたしはおずおずと手を出すと、先輩はぐっと掴んだ。そして、あたしの耳に顔を近付けて来た。

「幸田さん……元気で。ごめんね、好きだった」

 突然すぎて、何も言い返せない。

 まわりに聞かれないよう小さく言って、顔を上げた先輩が、涙をいっぱい溜めていて、胸が締め上げられるよう。そして、あたしの手を離してまた走って体育館を出て行く。

 少しざわつく生徒達。

 中尾先輩、優しくて良い先輩。あたしのことを見ててくれて、あたしを好きだと言ってくれた人。

 ちょっと人の目が気になったけど、あたしは真っ直ぐ出て行く中尾先輩の背中を見送った。真っ直ぐに見送った。拍手を添えて。



 式が終わってから、梓と美由樹にからかわれたけど「中尾先輩やるなぁ」って感心してた。