月光レプリカ -不完全な、ふたつの-

 消えてしまいそうな声だった。背筋に冷水を浴びせられたみたい。


 ……何かあったんだ。

 吉永先生に声が聞こえないように背を向ける。「どうした」と先生は様子を察して聞いてくる。


「すぐ行くから。どこに居るの? アパート?」

 小さく返事が聞こえたから「待ってて」と電話を切った。急がないと。

「先生、あたしちょっと戻ります。冬海やっぱり具合悪かったみたい」

「大丈夫なのか、俺も戻るぞ」

「あ、大丈夫です! あたし行きますからほんと! じゃ」

「おい!」


 急げ、全力で走れ。

 先生が追いかけて来ませんようにと祈ってる。祈りながら、また来た道を走った。足がもつれる。


 会える嬉しさよりも、消え入りそうな冬海の声が耳に付いて離れない。

 走って走って。

 なかなか青信号にならない横断歩道も、スピードが思ったよりも出ないこの足も、車が行き交うこの道路もすっ飛ばして、もっと早く冬海のところに行きたかった。

 何回、往復したんだろうこの道。もうすぐ冬海のアパートが見えてくる。

 夕飯の匂いが漂う住宅街。

 冬海はどこに行っていたんだろう。ずっと部屋に居たんだろうか?