月光レプリカ -不完全な、ふたつの-

 握りしめた手が震えてしまう。抱えてるものが溢れてしまいそうで、いっそう下唇を噛んだ。

「お、俺は幸田さんを諦めたくなくて!」

 声を荒げた中尾先輩が、あたしの腕を掴んだ。先輩のメガネに、あたしが映っている。

 一瞬の間、そして強引に引き寄せられる。先輩が座っていたパイプ椅子が音をたてて倒れた。


「なんで、あんな奴……!」

 泣いているんだろうか。先輩はあたしを抱きしめるけど、あたしと先輩は繋がらない。

 あたしが想ってるのは冬海のことだけで、他に何も無かったから。

 保健室には何度か来ているけど、こんなに長い時間、居たことは無かった。



「……ごめんなさい」

 あたしが、冬海じゃなくて中尾先輩を想っていたら、肩越しに見える風景は違っていただろうか。

 呼吸する肩と背中。でも、あたしが抱きしめなくちゃいけないのはこの背中じゃない。
 
「……あたし、もう帰るんで……先輩も」

 ガタン! 中尾先輩はあたしを急に離すと後ろに倒れたパイプ椅子にぶつかった。ベッドの上の本を乱暴に取ると、顔を背け、静かに保健室を出て行ってしまった。

 あたしはひとり残されて、早く帰らないといけないのに、動けなかった。ジャージのままだったし、教室に戻って、鞄を取ってこないと。

 中尾先輩に掴まれた腕が痛くて、なんだかそこがしくしくと、泣いてるみたいに。