月光レプリカ -不完全な、ふたつの-

 制服のポケットにケータイをしまう。あまりここに居ると、生徒会の人と会ってしまうかもしれない。

 早く立ち去ったほうが良いのに、足が……動かない。動く力が出ない。


「俺、行って取ってくるから」

 突然、廊下の角の方から声が聞こえた。これは、中尾先輩の声。生徒会室から出てきたんだ。こっちに来るかもしれない。

 やばい、見つかってしまう。会っちゃう!

 あたしは、鞄を抱えて反射的に走り出した。なるべく足音を立てないように走った。

「……っ」

 呼吸を整えて、耳に絡まった髪の毛を直す。

 1階に来ていて、上履きだったけど、外に出た。意識的にそこに来たつもりじゃなかったけど、花壇のところだった。

 冬海と初めて会ったあの花壇。椿の下で、冬なのに外で寝てて。

 マミ先輩の言葉はずっと頭を巡ってる。冬海のバイト。

 うそだって、誰か言ってほしい。

 こんな時なのに、冬海の温もりが思い出されて、離れなくて、余計に切ない。体中が切られそう。

 鞄をさらに力を込めて抱きしめて、その場にしゃがみ込んでしまった。冬海が寝ていた植え込みは、もちろん誰も寝てなんかいない。今は誰も居ない。

 背の高い花壇の植物たちは、しゃがみ込んだあたしを隠してくれる。

 涙が止まらなくて、冬海の温もりに体が切り裂かれそう。わけの分からない不安を、衝撃を、胸が抱えきれなくて、爆発してしまいそう。


「会い……たいよぉ……冬海」


 冬海が寝ていた植え込みの地面に手を当てると、そこも湿っていた。

 心が、散り散りになってしまいそう。

 湿った風は涙をますます湿らせて、聞こえる風の音は、色を失っていた。



 ***