月光レプリカ -不完全な、ふたつの-

「お母さん達、いまから帰るって」

 光は首を回してこっちを向いて「そう」とちょっとだけ、笑った。

 たまらなくなって、皿をダイニングテーブルに置くと、急いでさっきまで冬海が居た玄関まで来た。涙が抑えられなくて。

 光がカミソリで腕を切ったこと。たいしたケガじゃなかったこと。冬海が来てくれたこと。こんな時なのに帰って欲しくないと思ったこと。お母さんの電話の声でもっとほっとしたこと。

 声が出そうだったけど、噛み殺して、でも涙はポロポロと出る。光の前で泣くわけにいかないと思って。

 お父さんお母さんには言わないで。黙ってて。

 光のその言葉を守るために、あたしは今日の出来事を、忘れようとするだろう。あたしと光の秘密だ。冬海が今日、ここに来たことも秘密。こんな風にして、親に秘密が増えていく。

 歯を食いしばって涙を止めた。袖で顔を拭いて、キッチンに戻る。


「お土産あるんだって」

 あたしのその言葉に光は何も言わなかった。聞こえなかったのかもしれないし、あたしが玄関で泣いていたことを、本当は気付いていたのかもしれない。


 ただ、空間にテレビとレンジのジーという音だけが響いた。



 ***