あたしの頬に添えられた冬海の手も錯覚だろうか。
整った顔と長いまつ毛が、近づいてくる。あたしはもっと見ていたいと思った。目を閉じるタイミングを逃す。2人の間にある机に身を乗り出して、冬海はあたしにキスをした。目を閉じると彼の匂いが鼻をくすぐる。頬にあった冬海の手は移動して肩に。
くちびるを1度離して、また。
ああもうこれで、あたしは冬海から抜け出せない。どうやらあたしの脳みそと体はそういう風にできているみたい。でも、冬海にだったらきっと、誰もが……。
パタ。
静かだったけれどもはっきり聞こえたその音に、2人とも我に返る。足音。上靴と床が当たる音。
冬海が急いで体を離す。あたしは音がした方に目をやった。きっと、足音の前には図書室の入口を開ける音もしていたに違いない。2人とも夢中で、聞こえなかったんだ。
「……幸田……さ」
緑色のネクタイと、メガネ。窓からの光が半分反射して、表情も半分隠れていたけど、見開いた目と、悲しそうな色は分かった。あたし達を交互に見て、そしてまた、あたし。
中尾……先輩。
見られただろうということは、中尾先輩の反応を見れば分かる。どうしよう。何も言葉が見つからない。キスしてるところを、見られた。
すると中尾先輩はキュッと上靴を鳴らし、方向を変えて出て行こうとした。
「中尾先輩!」
背中は止まること無く。そして入口の閉まる音。あたし達の所からは入口が見えない。だから入ってくる中尾先輩の姿も見えなかったんだ。
方向を変える時、先輩は視線をあたしに残して行った。軽蔑するような目だった。
ちゃんと告白の返事もしないばかりか、こんなところを見られるなんて。
最悪の、展開。



