月光レプリカ -不完全な、ふたつの-

「電車、すぐあるよねたしか。」

「とりあえず、帰るか」

 あたしは屋根があるその場から駅の入口のほうへ行こうと足を出した。すると、腕を掴まれる。

「?」

 冬海が困ったような顔をして、あたしの腕を掴んでいた。そのまま少し、二人は黙ってしまった。もうすぐ電車が来てしまうのに。

「一緒に、居たいけど……帰らないとな」

 そう小さい声で言うと、冬海があたしの耳のあたりに手をやって、次の瞬間、唇を押し付けてきた。びっくりして、体が硬直してしまう。掴まれた腕と、手を添えられた耳が火を噴きそうで、もう倒れそうだった。さっき飲んでた、ポカリの匂い。ポカリの味のキス。何秒だったのか分からない。冬海は顔を離して、照れることもなく「行こう」とあたしの手を引く。

 なんなの、なんでそんなに冷静なの。あたしきっとすごい顔をしてる。赤いを通り越してどす黒いかもしれない。やだやだ恥ずかしいじゃないかー!

 バイバイとかまたねとか言ったかもしれない。どうやって改札を通ったか覚えていない。とりあえず頭が冷静になってきたのは、ホームに行ってからだ。向かいのホームに冬海の姿。手を振ってきた。暗くなりかけてる空、そしてけっこう強めの雨。

「あした、いつもの時間でいーよね!」

 冬海がふいに叫ぶ。あたしは親指と人差し指でマルを作った。すると冬海はニッコリ微笑んできた。

 その笑顔を見ていたい。ずっとそばで見ていたい。

 今は本当に、それだけだ。

 何があるか分からないし考えても仕方ない。あたしの心の傷だって治りの状態は知らない。優しい手と笑顔、そして瞳に見詰められたい。それだけが望み。