少し離れたとこに、スーツ姿の中年男性が立っていた。



父親の顔なんて、忘れたつもりだった。



だけど、記憶は一瞬でよみがえってくる。



父親と最後の別れの時、幼いあたしの頭に手を置いて、父親は微笑んだ。



涙も流さず、悲しい顔もせず……父親は笑ったんだ。



「久しぶりだな、凜」



あの日と全然変わってなかった。



悪びれる様子もなく、この人は平気であたしに笑顔を向ける。



そして、もうひとつ思い出したのは、あたしの顔はお母さん似じゃなかったこと。



この人に似ていたんだってこと。



「家まで歩いてくか?それとも少し距離あるからタクシーで行こうか」



「……はい」



父親とあたしは、駅のロータリーに停まっていたタクシーに乗り込んだ。



後部座席に座ったあたしは、隣に大きなカバンを置いた。



父親は前の助手席に乗っている。



タクシーが道を走っていく中、あたしは窓の外の流れる景色を見つめていた。



暗くてよくは見えないけど、



いままで住んでいた街並みと、さほど雰囲気は変わらないことに気づいた。



あの街から遠く離れてきたとは思えないくらい。



今日からここで暮らしていく。



この場所で……あたしは生きていくんだ。