トリップ


あれ以来、以前の雇い主のような事になるということは無かった。
しかし、佐野は良い同僚に思えたが、それでも、本当に自分のことを分かってくれているようには思えなかった。
フリーダムなイメージがあるせいか、そう思えてしまうようだ。
本当に、互いに分かり合えるのは。

「今のところは・・・アイツくらい」
「あ、また独り言言ってる」

昔のことを思い出していたからか、また事務所の空に向かってベランダで呟いていたらしい。これ見よがしに坂見が笑う。

「やっぱり癖なんでしょ。いっつもだもん」
「言ってねぇよ」
「言ってた。ちゃんと録音したんだからね、証拠に」

携帯に触りながら、ムービーの欄を俺に見せる。バカにしているのか、タイトルに『ピーマンの独り言』と記してある。

「なにがピーマンだよ」
「本当のことじゃない。じゃあ聞くけど、クズとピーマン、どっちで呼ばれるほうがマシ?」
「どっちも嫌だ」
「わがままね。日本出身のくせに「日本産のピーマンだ」とか言ってたのはドコのどいつよ」
「ピーマンは入れてない。日本産だって言ってんだよ」

あーもうっ、と悪態をつくと、奥にいた佐野も顔を出す。

「いいじゃん、フランスは農業国だし」
「俺はフランスじゃなくて日本さ・・・出身なんだよ!」

今度は間違えなかったのね、と子供の成長を観察するような声で坂見が笑う。

今度こそ本気で恥ずかしくなり、俺は人がいないのを確認してから、ベランダから飛び降りた。