「絶対だぞ。待っているからな。ケイ!」



ケイ、か。


そういえばヨウと出逢って俺、田山圭太は“ケイ”と呼ばれるようになったんだっけな。


懐かしいな、あいつにあだ名を付けられた日のこと。あの日の俺はヨウに呼び出され、成り行きで舎弟にされちまったんだよな。


あの時は心中絶賛大号泣の嵐だったっけ。

今も不良に泣かされることはあるけど、当時ほど泣かされた出来事はなかったよな。家に帰って半泣きだったもん、俺。


今では笑い話になる思い出のページを捲りながら、チャリを颯爽と漕ぐ。


何処へ行くか?


んー、そうだな。

何となくあいつはあそこにいると思うから、あそこに行ってみることにするよ。


あそこって何処か?

そりゃ勿論、俺が川にドッボーンした場所。川に落とされた場所。一つの関係に終わりを告げた場所。



ごみごみした街中を通り過ぎ、片側二車線の路面ギリギリを横切って、長いながい坂を下る。


ふわっと追い風が俺の背中を押し、晴天、いや快晴の空が暖かくチャリを漕ぐ地味くんを見守ってくれる。


その暖かさが緊張を抱く俺に勇気を与えた。

次第にペダルを漕ぐ足が軽くなる気がする。


声援を送ってくれる風と一緒にチャリに乗って辿り着いた先は、鉄道橋下の川のほとり。


青く染まっているキラキラした川面の反射を浴びて、ゆったりと喫煙している不良を見つける。


不良にしては目立たない髪の色をしている、その真面目不良に俺は軽く口角を緩めた。


チャリをその場に止め、鍵も掛けっ放しで相手に歩む。


「健太」


名前を呼べば、


「圭太」


振り返って紫煙を吐く不良ひとり。


絶交宣言を交わしたそいつの耳にも両チームの今までの関係の終わり、そしてこれからの関係のことを聞かされたみたい。


俺の顔を見ても敵意一つ滲ませなかった。


見慣れた素顔がそこにはある。


少し距離を置いて立つ俺と健太だったけど、立ち止まった俺に今度は健太が歩んできてくれた。


至近距離に立って、目尻を下げてくる。


「なんとなく此処に来ればお前に会えると思っていたよ。圭太」

「あ、俺の台詞を取ったな? それは俺が言おうと思っていたのに」


早い者勝ち、ニッと笑みを浮かべる健太は灰を地に落として煙草を銜えなおす。


「これからどっかに行く予定は?」


健太の問いに、


「ゲーセンにこれから行くつもり」


勿論用事を終わらせてからだけど、言葉をしっかり重ねて返す。

健太もこれから日賀野が入院している病院に行くみたいだ。

仲間をたむろ場で待たせているらしい。


そうまでして此処に足を運んで来てくれたということは、俺と同じ気持ちなのだろう。


そう思って良いだろう? 健太。


ダークブラウンの髪を風に靡かせて、健太は川面の方に視線を投げた。


「いつか、またお前等と対峙する時が来たら……おれは迷うことなくチームを取ると思う。今のチームはおれの居場所だから」


俺もだよ。

対峙する時がまた来るなら、俺はヨウ達の味方に付く。


だって今の俺にとって彼等は居場所で大事仲間だから。


健太もそうなんだろうな。


分かっている、分かっているよ。


俺達はあの頃には戻れない。


あの頃とは別に守りたい奴等、大事な仲間、心地よい居場所を作っちまったんだからな。


それを非難することはお互いに出来ないんだ。


だけど俺はお前を切り捨てるなんてこともできない。

あの頃に戻れなくても、俺はあの頃に作り上げた関係。大切だから。


俺、いつかこう思った。


思いが通じ合えば、何度でもやり直せる。元通りになる、と。


でも悲しきかな、修復できない部分もある。


完全に元通り、は無理だ。

環境も過ごしている時間も違うのだから。