「いいか五十嵐。テメェみたいに、力が力を制すなんざ厨二病染みた考えを持っても三日天下で終わるんだよ。
特に仲間に甘っちょろい考えを持つテメェの天下なんざ、すぐに終わる。

俺等に喧嘩売ったこと、仲間を傷付けたこと、おちょくってくれたことすべてに覚悟しろ! 今度は正々堂々拳で終わらせる!」


見る見るチャリは加速し、夜風と一つになる。


相手を吹き抜けるように突っ込むと、五十嵐は紙一重に避ける。


けれど俺が素早くハンドルを切り、お互いの距離は至近となった。


「チッ」


顔を歪ませる五十嵐は攻撃がくるをことを読んでいるけれど、体が追いついていない。


「パシリ野郎め。小細工な」


悪態つかれたけど、訂正して欲しい箇所ひとつ。

俺はパシリじゃないっつーの! 荒川ご自慢の舎弟だ!


一方でヨウはニヤリと口角をつり上げた。



「ッハ、ケイと俺の舎兄弟コンビはどっこよりも異色で、バツグンのコンビネーションだ!」



縮まった距離と加速したチャリのスピードに乗ってヨウは、五十嵐の顔面に拳を入れる。


メキッと鼻の折れる音が聞こえたけど、ヨウは容赦なく向こうの顔面に拳をめり込ませた。


直後、チャリから飛んで相手に食って掛かる。


「ヨウ!」


チャリを止めて舎兄を呼ぶけれど、ヨウは相手と揉み合っていて俺の声なんて聞こえちゃない。


それどころか必死に足を踏ん張らせる五十嵐の胸倉を掴んで飛び蹴りをかます。


タフな五十嵐だけど、今の攻撃は痛恨だったっぽい。


よろっと体を傾かせ、重心を崩した。

隙を見逃さずヨウは勢いよく相手にボディーブローとアッパー、トドメの頭突きをかました。


グラッと後ろへ体を傾かせる五十嵐は、そのまま港向こうへ。


此処は貨物船置き場だ。

彼の背後には真っ黒くろな海が堂々待ち構えている。


五十嵐が咄嗟にヨウのシャツを掴んだ。まだ意識があるみたいだ。


一緒に海に引き込まれるヨウだけど、完全な勝利を手にするために落ちながらも相手にトドメのトドメ。鳩尾に肘鉄砲を食らわせた。


次の瞬間、二つの水しぶきが上がり、彼等の体が真っ黒な海へと落ちてしまう。


「ヨウ!」


チャリから飛び降りた俺は、それが倒れることを気にする余裕もなくコンクリートの縁に立って両膝を折る。



ブクブクと落ちた場所からは泡が見え隠れしている。


ヨウ、大丈夫かよ。早く顔を上げてくれ。


ドキドキハラハラしている俺の心配は憂慮だったみたいだ。


数秒の間を置き、ザブンと水飛沫を上げて勢いよくヨウが顔を出した。


失神している五十嵐も一緒だ。


ははっ、親玉は鼻血を出して気を失ってらぁ、だっせぇの。

きっとヨウの仲間を思う気持ちが渾身の拳に表れたんだろう。よくよく見ると前歯が二本ない。あーらら永久歯だったろうに。


ヨウは立ち泳ぎをしながら、こっちに泳いで俺に拳を見せてきた。


「今度こそっ、勝った。正々堂々……勝って、うわっつ、ゲッホゲホ。しょっぺえ!」

「馬鹿。先に上がってから、台詞を決めろって。締まらないだろ?」


手を差し伸べて、まず五十嵐の体をヨウと一緒に引き上げる。


重っ! 嗚呼、まったくっ、ドチクショウ! 最後の最後まで手を掛けさせる奴だよ。敵さんの俺等にこんなことさせやがってからにもう!

どうにかこうにかキャツを引き上げて、今度はヨウの番だ。


「ほら」


手を差し伸べる俺は、びしょ濡れな舎兄を目で笑った。カッコ悪いな。勝利する代償にびしょ濡れとか。


「カッコ悪いは余計だろ?」


どーやら心の声は外に漏らしていたらしい。

差し出した右手をしっかり握って不服な顔を作ってくる。


だけど瞬く間に極悪な笑みを浮かべてきた。


「ま、“カッコ悪い”は一人じゃねえからいいけどな? 舎弟は舎兄を追い駆けてくれるものだろ? なあ?」

「は? ……あ゛っ、まさかお前っ、馬鹿バカバカ! ナシナシナッ?!!」


水飛沫がまた一つ上がったのはその直後だった。