青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―




それまで自分の取り巻きに戦闘を任せていた五十嵐だったが、ついに彼も動きを見せる。

ゆらっと体を揺らして一歩を踏み出す五十嵐は、


「やってくれるじゃねえか」


どことなく不機嫌に鼻を鳴らしていた。


本当ならば人質を助けるかどうかで精神的攻撃を与えジワリジワリ追い詰めていく予定だったのに、余計な行動のせいで計画が狂ってしまったと顔にデカデカ書いてある。


「舐めていた」


まさか策士の日賀野大和が、たかがセフレの女のために無鉄砲に動く男だったとは。


人質奪還の代償として背負った“負傷”は彼の中で計算されていたことなのだろう。


自分の計画を狂わすためでもあったのだろうが、まんまと一杯食わされた気分だと五十嵐は肩を竦めた。


「テメェとは違うんだよ」


額から滲み出る汗をブレザーの袖で拭い、ヨウは後ろで喪心している不良を一瞥する。



「あいつはああ見えて仲間思いだ。
例え人質が帆奈美じゃなかろうと馬鹿な行動に出てただろーよ。

ヤマトは卑怯を道具にしているが、それは全部仲間を守るため。テメェの卑怯とは別格だっつーの。

手前だけのために喧嘩して、再び地元で名を挙げようとするテメェとはな!


テメェのことだ。
どうせ地元で名を挙げている俺やヤマト達を甚振り、潰し、復讐して、前のように自分の天下を築き上げようとしているんだろう。

正直に言って、地元が“あの頃”に戻るなんて俺は真っ平ご免だな。

今の方が俺達不良も悠々とできる。
そりゃ各々喧嘩はするけど、地域を支配する馬鹿はいねぇ。

伸び伸びと喧嘩も遊ぶこともできる。


テメェが地元地域を支配していたあの頃は窮屈だったぜ。


何処でたむろするにもお前の名前が出てくるし、喧嘩を振ってくる不良達は一々テメェの名前を出して、逆らったらどうなるか分かっているんだろうな的な台詞を吐いてくる。

小生意気な態度を取ったら、すぐに潰される。

“五十嵐コール”には耳にたこができるかと思ったぜ。


ま、そんだけお前の力が凄かったってことは認めるけどな。


けど、俺はテメェのやり方も信念も認めねぇ。

今、テメェが催しているこのゲームも、あの頃のテメェのやり方も、俺はぜってぇに認めねぇ。


『力量さえあれば他人なんざ意のまま』


弱ぇ奴なんざ、弱いから悪い。
気弱だから苛められたり、ストレス発散道具として扱われている。

それが当たり前だと思っているお前のやり方を認める価値もねぇ。

どーせテメェは俺達のことを“仲間ごっこをしている不良達”だと思って嘲笑うだろうがな。俺にとってあいつ等は居場所そのものなんだよ。

不良だろうが地味だろうが、ンなもんカンケーねぇ。
俺とつるんでいる奴等は皆、必要で大事な奴等なんだ。

だから五十嵐、テメェだけはぜってぇ許さねぇ。俺の仲間を甚振った挙句、病院送りにしたテメェだけは!」


パチ。
周辺の燃える炎が火の粉を放った瞬間、ヨウは足首に力を入れて素早く相手に向かった。 


「ヤマトの方がテメェよか百倍マシだ。やり方はちげぇし、ソリも合わねぇけど……仲間を思う気持ちは俺と共通しているんだからな!」


ジャケットに両ポケットを突っ込んで気ダルそうにヨウの話を聞いていた五十嵐は、食い掛かってくる相手の拳を受け流して右膝を上げる。


名を挙げていただけあって、本人自身も手腕は相当なもの。


軽い身のこなしに舌を鳴らしつつ、ヨウは蹴り上げてくる膝を片手で受け止めて相手の脛を狙うが、向こうは飛躍して後退。

近辺に転がっていた空の赤いポリタンクを持ってヨウに投げ付けた。


小賢しいとヨウは空のタンクを振り払うが、隙を突いて五十嵐が駆けた。


自分の脇をすり抜けて彼が向かった先は積まれたドラム缶の山。


ドラム缶の麓を容赦なく蹴り飛ばす五十嵐の不可解な行為に眉根を潜めるヨウだったが、麓の一缶が転がった拍子に上のドラム缶がバランスを崩し始める。