「ああ見えて、ヤマトさんはいつも以上に切迫しているよ。余裕はなさそうだ。好きな人を取られているんだし、心境はお前と同じだよ」
「好き、なのか? 日賀野……帆奈美さんのこと」
だってセフレなんだろう?
俺が知る限り、日賀野の彼女に対する好意は見ていない。
この前の決戦なんて、帆奈美さんとヨウのキスを平然と見ていた記憶がある。
あの時は帆奈美さんを置いて戦場から一時離脱までしていたんだけど。
すると健太は周囲を確認して、
「ヤマトさんは帆奈美さんが好きだよ」
素っ気ない態度ばかり取っているけれど、彼女を大切にしている。そう教えてくれた。
人様の恋愛事情をこれ以上聞くのはどうかと思ったんだけど、健太が続け様に教えてくれる。
リーダーは現在進行形で彼女が好きなのだと。
「アキラさんが言うには、中学時代からずーっと好きだったっぽい。あ、これ、ヤマトさんには言うなよ。おれが殺されるから!」
俺が日賀野にチクれるわけないだろう。ただでさえ、あいつに怯えているのに。
「どうもヤマトさんは荒川と帆奈美さんがセフレになるずっと前から好きだったぽい。
ヤマトさんは見た目によらず、一途で情熱的な人だからな。
二人がセフレになったと知っても帆奈美さんを想っていたみたい。
あの人なら気持ちに従って人を蹴落としたり、奪おうとしそうなのに、敢えてそれをせず二人を見守る側についていたんだって。
帆奈美さんが落ち込んでいたら相談役を買ってはいたみたいだけど、それだけだったっぽい。
なあんもせず、手も出さず分裂事件まで二人を見守る側に立っていたんだとか」
驚いた。
あいつにそんな純粋な一面があるなんて。
「だけど分裂事件でヤマトさんは思うことがあったみたいで帆奈美さんを自分側に引き込んだ。
おれが思うにヤマトさんは帆奈美さんの支えになりたかったんだと思う。
今はセフレをしているけれど、絶対に恋人にはしようとしないんだよな。
あの人は帆奈美さんを大事にし過ぎているから……仲間内でも度々その大事にする面で懸念を抱くほどだ。
冷静沈着を装っているけれど、帆奈美さんのためなら突っ走る人だ。
帆奈美さんのこと好きなくせに、彼女を安心させる言葉は吐いて自分の気持ちは全然口にしない。
セフレにしているのは、自分と後腐れのない関係にしたいから。いつでも彼女の気持ち優先にしているから……きっと」
それってつまり。
「あの人のことだから、いつでも荒川の下に戻れるように環境を作っているんだろうな。
別にこれはチームのことじゃないから、おれから思うことはないけど……ヤマトさんは損な役回りをしているよ。
しょっぱい青春送っているよな。帆奈美さんも荒川も、何だか変な三角関係だし……恋愛って難しいよな」
日賀野はそんなにも帆奈美さんのこと好きだったのか。
いつもシニカルに笑い、ギラついた瞳を獲物に向けながら容赦なく相手を甚振るってイメージがあるんだけど。
そんな人情らしい一面もあるんだな。
良かった、やっと同じ人間だと思えるよ。
俺と健太は暫し沈黙を作り、佇んで神木を見上げていた。
背後から神木に否、俺達に歩もうとした赤メッシュ不良が、ふっと踵返して神社裏に戻って行く姿に俺達は気付かない。
口を閉ざして神木を見つめ続ける。
サワサワと揺れている木の葉、そこから漏れている木漏れ日がやけに眩しかった。
「圭太も……ヘーキじゃないよな。彼女を人質に取られてさ」
不意に切り出される話題。
俺は目を伏せて肩を竦めた。自分でも思っている以上に切迫しているよ、彼女を人質にされてさ。
「仲間を裏切りそうで怖いよ。タイムリミット寸前で身売りをしそうだ」
古渡の出した降伏条件が脳裏をよぎる。
彼女の彼氏になれば、ココロの身と引き換えに解放ができる。
これはいばら道でありながら、俺にとって残酷且つ一番楽な道であった。
少なくともココロが無傷で帰ってくるなら、藁にも縋りたい。どこかで楽な道を選ぼうとする自分がいる。
ただし、仲間がそれを許してくれない。
馬鹿みたいに弱い俺を信じてくれるから。だから。
「身売り?」
眉間に皺を寄せる健太のチームにはそういった条件を突き付けられていないようだ。俺は軽く説明してやる。
古渡が出した条件と、それまでの経緯を。
静聴していた健太の目が大きく見開いて凝視してくる。
「馬鹿じゃないか」
不機嫌に返されたのは直後のこと。
そんなことをしても状況が変わるわけじゃないだろう。
向こうの言いように踊らされるだけだと鼻を鳴らした。
「そうかもしれない。でも、馬鹿なことを思っちまうほどココロのことが大事なんだ。俺は彼女が本当に好きなんだ」
笑われる覚悟で俺の気持ちを健太に吐露する。



