72ゲーム、現在40時間経過。タイムリミットまで、32時間。


某マンション一室にて。



(今……朝の十時、か。二日、此処で過ごしたけど……ケイさん……皆さん……どうしているだろう)



アナログ盤の腕時計を見つめ、ココロは目を閉じて吐息を零す。


祖父母に無断外泊しているが、二人は心配していないだろうか。


きっと姉分が上手く言い回してくれているだろうけれど、それでも不安を払拭することはできない。


嗚呼、大体どうしてこんなことになったのだろう。


怖じを抱いてブルブルと身を震わせているココロは疑問を抱いて仕方が無かった。


あの日、あの朝、あの瞬間、自分はただ好きな人に手作りクッキーを手渡したい一心で放課後を待ち望んでいた。


それだけだった筈なのに……ナニをどうすればこんな目に、人質なんて惨め役目を買わなければいけないのだろうか。


早く此処から逃げ出さないと皆が心配している。

キュッと口を結び、がらんと物のない洋風の一室の四隅で身を震わせた。

畏怖を抱いている場合じゃない。

分かってはいるのだけれど。


災難は突然だった。


バス停でバスを待っていたあの日、背後から忍び寄って来た不良達に囲まれ、見知らぬマンションに引き込まれ軟禁。

トイレやシャワーを浴びる以外は殺風景な一室に押し込められ、時間を過ごすよう強要されている。


寝る場所も此処、時間を潰すのも此処、逃げ出したいが扉の向こうではガタイの良い不良が見張っている。

窓から逃げ出すことは不可能。

七階から飛び下りるなど到底できっこない。


嗚呼八方塞。


扉の開閉音にココロはビクッと体を弾ませた。

ぎこちなく顔を上げて出入り口を見やれば眩暈が起こる。

まったくもってどうすればいいのだろうか。苛めっ子巨乳不良が目前にいるのだが。悪いジョークだと思いたい、思い込みたい状況だ。


小中時代の思い出が湧き水のように溢れ出て、ついつい顔を目にするだけでも吐きそうだとココロは顔面蒼白。


そんな態度を取っても相手を喜ばせるだけだ。歪んだ喜色に溢れるその女不良、古渡直海は口角をつり上げて絡んできた。



「御機嫌よう、根暗のココロ。今日も根暗な態度なこと。随分、いい身分になったよねぇ。アンタみたいなオドオドちゃんに、オトモダチ、更にはカレシができるなんて。アンタみたいな奴を受け入れるお友達、彼氏がいるなんてねぇ」




肩を竦めている古渡のことのは一つひとつが刃そのもの。

俯いてブルブル身を震わせているココロに、


「独りぼっちだったくせに」


古渡はクスリと自分の存在を嘲笑ってくる。


「アンタがそんな性格だったからお友達も逃げて行ったんだよね」


歩み寄って片膝を折り、額を小突いてくる古渡に反論さえできない。本当のことなのだから。


「楽しみだね。アンタの大事なオトモダチ、カレシが消える未来」


クスクスと笑声を漏らす古渡はグリグリっと額を人差し指で押してきた。

何気に痛い攻撃だが、「痛い」と反論する勇気さえ持てない自分がいる。自己嫌悪だ。


「コーコーロ。キスしてあげよーかー? アンタの彼氏にさ。私、地味くんでもキスくらいできるけど? 勿論、セックスも」


人の心を弄ぶ発言に、「そ……それは」ココロはオドオドとようやく言葉を発する。

愉快犯は高らかに嘲笑い、


「目の前でしてあげる!」


何せ、その彼氏くんは自分の彼氏くんになるのだから!

一々人を脅してくる性悪女に内心悪態をつきたくてしょうがなかったが、ココロは何も言わなかった言えなかったダンマリになるしかなかった。


相手がとてもとても怖い、のだから。
 

「貴方、とても悪い女。見ていて虫唾が湧く」


空気を裂いてくれたのは、同じ人質になっている敵チームの女性。小柳帆奈美。


「弱い者いじめ、良くない」


カタコトに喋って鼻を鳴らす。

弱いという単語にグサっとくるココロだが(弱い者って自分のこと?)、帆奈美は関係なく古渡を睨んだ。