青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―




嗚呼、おトキおばあさん、昭二おじいさんの笑顔が脳裏に過ぎる。


昨日の今日でこんなことになっちまうなんて。


二人に言われたのにな。

ココロを宜しく頼むって、言われたのにな。


笑顔で頼まれたのにな。


ああくそっ、何も出来ない……寧ろ利用されるだけの俺に憤りを感じる。苛々するし悔しい。


ただただ悔しい。

こうしている間にもココロが辛酸を味わっているんじゃないかと思うと。


昨日は体調を崩していたココロだけど、今日は大丈夫かな。


元気か? 一目だけでも会いたい。会いたいよ。今日はまだ一回も会っていないのだから。


今日は電話越しに、ココロの丸み帯びた声しか耳にしていないのだから。


こんなにも彼女に会いたいと思うのは、俺の強い我が儘だろうな。




合図が来るであろうココロの携帯を倉庫に置いた俺は、合図があるまで再び倉庫外に足を運んでいた。


暮れていく夕風に当たらないと気持ちがささくれ立つ一方だったんだ。

何も出来ず待つ時間だけ、それほど気持ちが落ち着かない時間はない。


それに自分自身と見つめる時間が欲しかったんだ。

冷静になって、これから何ができるか……チームで彼女を取り戻す方法を黙然と考えたかったから。


倉庫裏に回って木材に腰掛けた俺は頬を撫でてくる夕風を感じながら、ブレザーのポケットからラッピングされたプレゼントを取り出す。


目に映るものは可愛らしいリボンで飾られている透明な袋に入ったクッキー数枚、わざわざ星の形に作られている。


リボンを解いてクッキーを口に運んだ。


「うま」自然に零れる味の感想。


手作り感があって美味い、本当に美味い。


バタークッキーか、ほんのりと優しいバターの甘味が口内に広がって舌を喜ばせる。


そういえば俺、女の子から手作りを貰うの初めてかもしれない。記憶上。


クッキーを食べながら、同封されていた手紙に目を通し始める。

さっきは混乱して読めなかったから、今度はちゃんとな。



(えーっと何々『ケイさんへ。昨日は送って下さりありがとうございました――』)


――わざわざ負ぶって送って下さり、嬉しかったやら申し訳なかったやらです。

ちょっぴり恥ずかしい気持ちもあったりなかったり、あわわっ、これは文句じゃないですよ! とてもとても感謝しているんです!


じいじ、ばあばもケイさんが遊びに来てくれたことを大層喜んでいました。

お葉書の一件につきましてもそうですけど、祖父母と親身にお話して下さるケイさんのことを“誠実な人”だと感心していました。

またいらして下さい、じいじもばあばも喜ぶと思いますから!


(中略)ケイさんと、昨日は沢山お話しができて楽しかったです。
遊びに来てくれたことも、お電話したことも、凄く楽しかったです。

騒動が落ち着いたら、もっとケイさんと二人で過ごしたいと思いました。思うじゃなくて、一緒に過ごしたいです私。


お口に合うか分かりませんが、小さなお礼を籠めまして。



(『こころより』か。ココロらしい……手紙だよな。ほんと)



こうして律儀にお礼をしてくれる気心に優しさ、それから女の子らしい小さな我が儘。本当にココロらしい。


四つ折りにして俺は手紙をポケットに仕舞うと、最後の一枚を銜えた。

目を閉じればココロがこうも鮮やかに思い出せる。


昨日何を話したか、どんなことで笑ったか、抱き合った体温さえもはっきりと思い出せる俺がいる。


彼女を守りたいと思った。

ちょっと弱気の卑屈になるところもあるけれど、誰よりも人を気遣える彼女を守りたいと思った。


でも守れなかった。

俺が不甲斐なかったから、ゲームの美味しい材料として使われている。


俺のせいじゃないと誰かが慰めてくれたとしても、こればっかりは俺自身が許せない。誰よりも好きな彼女の傍にいてやれなかったんだから。



だけど、屈しないさ。



脳裏に蘇る古渡の言葉。

要求を一蹴した俺に、いつでもゲームを中断できると切り際に言い放った。

中断、放棄、降参、それをしたければ此方も人情があるため、呑んでやらないこともない。


まあ、それには――銜えていたクッキーを口に入れ込む。

あの時の嘲笑う声がリピートされた。


『放棄したいなら私の要求を呑むことだねぇ。ゲームオーバーになって根暗ココロを傷付けるか、それともギリギリで土下座の身売りするか。
どっちが賢い選択になるか、よーく考えることだよ。舎弟くん』


ゲームオーバーのことなんて考えたら、チームメートにもココロにも失礼だろ。


負けの喧嘩に俺達は興味もない。


ギリギリになったら、馬鹿な事を考えないでもないけどさ。