「ケイ」


詰問に近い声で名前を呼んでくる。

俺は軽く吐息をついた後、鋭い眼光を受け流し、早足で舎兄の脇をすり抜けた。



「ケイ」



さっきよりもちょっと強い声音で舎兄が呼び止めてくる。

反射的に足を止めた俺は、「ごめん」一言謝罪して瞼を下ろす。


そしたらヨウの奴は事情も何も知らないくせに言うんだ。俺に言うんだ。


「テメェは何も言わず逃げるほど弱くねぇだろ」


馬鹿、そんなことガチで言うなって。

小っ恥ずかしい奴だな。


「今の……向こうの電話だったんだろ? 五十嵐か?」


問い掛けに否定する。

舎兄に背を向けたままポツリと零した。


「古渡だった。ココロはあいつの下にいる……今から助けに行く」

「ちゃんと話せ。重要な部分を端折るな。ココロを助ける前提に何かあるんだろう?」


察しの言い男だ。

俺は握り拳を作り、


「古渡の彼氏になれ」


それが向こうの解放条件だと苦言を漏らした。

簡略的な説明にヨウはたっぷり間を置いて、「で?」話を続けるよう命令。


で、も何もない。

身に降り掛かった災難の説明はこれで仕舞いなんだけど。


瞼を下ろしたまま俺はココロを想う。昨日までココロと会話した。


笑い合って、キスして、ぬくもりを感じ合った。


彼女は俺にとって大事な、大事な。俺は掻き乱されるほど、彼女の事が好きなんだよ。ヨウ。


「ヨウ。今すぐ舎兄弟を白紙にしてくれ。
やっぱり俺は弱いみたいだ。利二の時もそうだし、ココロの時だって。足手纏いだよな。自分でどうすることもできない」


ゆっくりと瞼を持ち上げる。

見慣れた倉庫裏の光景が憮然と俺を見据えていた。


「ごめん」俺の謝罪に、「ンな言葉はいらねぇ」ぞんざいにヨウは一蹴してきた。


「俺から言えるのは一つだ、ケイ。信じている」


「……馬鹿。俺がどういう選択をしたか、容易に想像できるだろ? 俺は既に舎弟剥奪を犯しているんだぞ。なんで信じるとか簡単に言ってくれるんだよ」


ちょいと八つ当たりに近い気持ちを相手にぶつけてみる。怒られると思った八つ当たりは意外にもすんなりとスルー。


それどころか、「想像できねぇよ」ヨウは笑声を漏らしてきた。



「テメェは負けず嫌いだしな。簡単に向こうに屈するとは到底思えねぇ」


「俺は未遂でも、日賀野の舎弟になろうとした男だぞ。
ははっ、今度は利二のようなストッパーもいない。あの時は利二が止めてくれたから、どうにか踏み止まれたけど、今回はだあれもいない――それでもお前は俺を信じるって?」


振り返って冷笑にも似た笑みを浮かべれば、視線をかち合わせてくる舎兄が毒気を払ってしまうような微笑で返答。



「ああ、俺はテメェを信じているよ。ケイ」



当たり前のように俺を信じてきてくれる舎兄の言葉に嘘偽りはなかった。

こっちが面を食らっちまう。


「なんでっ」


クシャッと顔を歪めて、


「俺を信じちまうんだよ」


上擦った声で詰問。



「もしも俺が簡単に屈する奴だったらどうするんだよ。
お前、失望しちまうだろーよ。高望みを持つと後々のガッカリ度もパないぞ。ガッカリされても……困るのは俺なんだからな……」


「高望み? ちげぇよ。俺は事実を言っているだけだろ?
テメェは弱い男じゃねえ。テメェこそ、なんで自分を卑下しちまうんだ? 言ったじゃねえか、もう少し自分に自信を持てって」



辛酸を味わって佇んでいるとヨウが静かに移動し始めた。

彼はやがて俺の右隣で止まり、「ケイ」名前と一緒に肩に手を置いてくる。


「本当は向こうの誘いを蹴っちまったんだろ? テメェってそういう奴だよ」


ぎこちなく顔を上げる俺を強く見つめてくるイケメン不良がやけに憎くて憎くて、だけど信じてくれる事が嬉しくて、俺は相手の腕を掴む。顔を歪めたまま苦言。


「こんなのばっかだ……弱いから地味だから舎弟だから利用される。ココロを……守るって約束したのに守れなくって」

「ケイ……」


「好きなのに。大事だと言っているのに。傷付けたくないと思っているのに……」


じゃあどうすればいいんだって話だけど、そりゃ向こうの条件を呑むしかない。


俺が古渡の彼氏になってココロが解放されれば問題解決。まーるく事は収まる。