口をへの字に曲げる彼女の、その真摯な気持ちに小さく鼓動が鳴る。

約束しろと怒る彼女に、破ったら今以上怒るかと俺はちょい意地悪く尋ねた。

当たり前だと彼女は声を鋭くする。

俺は間を置いてその時、どうしたら機嫌が直るのかと更に質問を重ねた。


予想していなかった質問なのか、ココロはうーんっと首を捻って考える。



「甘えさせて下さい」



そしたら機嫌が直るかもしれない、彼女の恋人らしい我が儘に一笑を零す。

それは機嫌の問題じゃない気がした。

今現時点の状況に対する、ちょっとした欲求不満を口走っている。


俺にはそんな風に捉えられた。


ココロは何も言わないけれど、取り巻く空気が何となく俺に教えてくれる。


構ってくれ、甘えさせてくれ、期待したいって。


おトキおばあさんが言うように、言わなくても分かって欲しいと思っているのかもしれない。

それってずるいよな。

言わなくても分かって欲しいなんて……ほんとうにずるい。


だけど惚れた弱みなのかもしれない。

彼女の我が儘な一面を受け止める自分がいる。


「ココロ。目を瞑ってよ」


いきなり仕掛けるほど度胸があるわけじゃない。

俺もデキた奴じゃないから、敢えて聞くんだ。



隣に座る彼女の顔を覗き込み「今、ご機嫌取りをさせて」



ブレザーの裾を握っているココロがちょいちょいっと引っ張ってきた。合図だと思う。


瞼を閉じる彼女に目で笑い、俺は後頭部に手を回して自分側に引き寄せた。


ふたりっきりの空間で交わすそれは、最初交わした時間より、ちょっとだけ長い時間。密室を満たす時計の音。


伝わってくる微熱と緊張で震えているその息遣い。


そっと瞼を持ち上げてくる彼女と視線がかち合い、思わず目で笑い合う。

軽く頬を染めつつ、交わしたキスの余韻に浸って抱き合う俺達は少し子供の皮が剥けた気がした。


最初交わしたキスよりは羞恥がなく、だけど最初交わした以上に緊張が高まる。


そういうもんなのかな、キスって。子供の俺には分からないや。


肩口に顔を埋めてくるココロが「ケイさんの匂いがする」小っ恥ずかしいことを言ってくるもんだからマジ勘弁。心臓がバクバクいっているよ。


「ドキドキしてますね」「余裕がないもんで」「……私もですよ?」「うん、ドキドキしているな」「同じですね」「おう、同じおんなじ」他愛もない会話を交わして抱き合う。



「機嫌直してくれた?」



俺の問い掛けに、こっくり頷くココロ。


「でも約束ですからね」


もう二度と黙って行かないで、ヒトコト言うと約束して。

切な彼女の願いを聞き入れ、俺はココロのぬくもりを感じるために腕の力を強くした。


「ごめん」


心配掛けたことを真摯に詫びる。

何も言わない彼女は顔を深く埋めるだけ。甘えているんだと容易に分かった。


今この空間には二人だけ、ココロと俺のふたりだけ。この時間は俺達だけの内緒話になりそうだ。




その夜。

俺は彼女に前触れもなしに電話を掛けた。


先にメールでもした方がいいかな? と思ったけど、考えるより行動。無遠慮に電話を掛けた。軽く体調を聞いて電話を切る予定だったんだ。



でも電話に出てくれた彼女は今日はありがとうございました。また遊びに来てください、祖父母も待ってます。ああ、そうそう。ケイさんって確かコロッケがお好きだったんですよね。他に好きな食べ物は――なんて長話に縺れ込んでくる。



喜んで付き合う俺は彼女とひと時を楽しんだ。

心休まる恋人の時間ってヤツをひと時、楽しんで過ごした。




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