「習字くらいなんです、俺の取り得って。あとチャ……ゴッホン、自転車も少々」
ぎこちない畏まった物の言い方にも気にせず、昭二おじいさんは「お見事ですな」二度も三度もお褒めを口にしてくれた。
は、は、初めて習字を習って良かったって思えたぜ!
よ、よ、良かった。
マジ習字を習っていて良かった。
向こうの好感度が上がってくれたみたいだ。
おトキおばあさんも綺麗な字だと喜んでくれているし。
彼女にも褒められたし、習字も捨てたもんじゃないよな!
弟の浩介よ。
お前は今、習字をやめたいと嘆いているだろうけど中二までは頑張れ! お得な特典も付いてくるぞ!
おはぎとお茶を元の位置に戻すと和菓子フォークを手に取り、おはぎを半分に更に四つに切り分ける。
「イタダキマス」
三人に挨拶しておはぎを口に運ぶ。うん、美味しい。粒餡おはぎ美味いよ。
隣の青のりおはぎも美味そうだし、何だか手ぶらでお邪魔して悪い気がする。
いや、だってこんなことになろうとは。
誰が予測したよ! 神様だって予想外だったに違いないぜ!
「すみません、ごちそうになってしまって。俺、何も持って来ていないのですが……次回、必ず」
「いいのよ、圭太さん。お心遣いありがとう。ほんと、こころも良い彼氏さんを持ったわね」
「うん」小さく頷くココロはあからさま頬を染めている。
そ、そんな反応をするなって……俺も気恥ずかしくなってきたんだけど。
嗚呼っ、心臓うっるせぇ!
必死におはぎを噛み締める俺に、おトキおばあさんは微笑ましそうに頬を崩してきた。
「こころからよくお話は聞いているの、圭太さん。
貴方がこころに優しくしてくれていること、大事にしてくれていること、支えになってくれようとしてくれること。
こころったら、毎日楽しそうに話してくれるのよ。一番笑顔になる時かもしれませんね、おじいさん」
「そうじゃのう。こころから響子さんや弥生ちゃんといったお友達も耳にしますが、一番はやはり圭太さんですかな」
「ば、ばあば! じいじ! ……あ、電話。け、ケイさんに余計な事は言わないでね!」
しっかりと、もういっちょしっかりと釘を刺してココロが居間を飛び出す。
うわぁー、具合が悪そうだったココロさんはどこへ行っちゃったのかなぁ。
凄いスピードで出て行ったんだけど。
苦笑する俺に、
「圭太さん」
おトキおばあさんが名前を呼んで綻んでくる。
孫を大事にしてくれてありがとう、なんて言われちまって、俺はもうしどろもどろもいいところなんだけど。
まだお付き合いをさせて頂いて月日も浅いのに。
そんな俺に構わず、おトキおばあさんは目尻を下げた。
「こころはとても引っ込み思案なところがあるから……何かとご迷惑を掛けてないかしら?」
「いいえ、周囲に気配りする優しい子ですよ。ココロ」
「そう言ってくれると此方も安心ねぇ。
こころは昔からとても繊細な子で……なんてことのないことですぐに落ち込んだり、嘆いたり、泣いたり。お友達にも物事にも消極的な姿勢が多いの。
自分の意志を押し通す力が弱いというか……だけど、ああ見えて私たちには我が儘な子なのよ。
両親をうんと小さい頃に亡くしてから、こころは私たちが育てているのだけれど、甘えたがり、それにとても寂しがり屋。構って欲しいのに口では中々言わなかったりするの。
言わなくても分かって欲しいと思っているのかもしれない。
そういう消極的なところが、こころの短所だったりするんだけれど……圭太さん、何かと世話を焼くと思うけれど、仲良くしてあげてね。
言いたい事が言えず、モジモジばかりする子だけれど、大目に見てあげて下さいな」
おトキおばあさんに微笑まれ、俺は笑みを返しつつちょっと思案する。
今はこの状況が忙し過ぎてデートとか、そういう恋人らしいことをしてあげられるのって少ないけれど……ココロはもっと恋人らしいことしたいんじゃないかな。
俺もそうだし、ココロだって女の子だ。
健気で恋愛に消極的姿勢だとしても、きっと今の状況……満足していない。
キスの時だって、その、なあ?
期待しちゃ駄目かと言われたし……ヨウも言っていたな。女の子は意外と期待しているものなんだって。
恋愛初心者の俺には何とも女の子の気持ちを察してやれない部分が多いけど、もうちょい甘えさせてあげよう。
俺も、何かしてやりたいしな。



