おーっとそのお声は。
俺はワタルさんと力なく顔を上げる。そこにはイケメン不良くんの顔が。我等がリーダーのお顔が!
あっ……今はちっげぇか。
現在のキャツはただの舎兄くんで、俺等のチームメート。幽霊部員ならぬ幽霊メートだ。
俺達の様子に眉根を寄せてくるヨウは、開口一番に何か遭ったのかと質問を投げる。
ははっ、何が遭ったかだって?
お前が不在の間、俺達は襲われているんだよ!
大事な戦力が欠けているから毎日が死にそうなんだぜ?!
……今のヨウには一抹も言ってやらないけどさ。
向こうから俺等と距離を置いているんだ。自分で距離は詰めてきてもらわないと。
「なあにって、そりゃもう階段をナナメ45℃から見上げて楽しんでいるだよ。ね、ワタルさん」
「そーそー。たまには階段を下から眺めてみよーとしてマスマスマース。構わず、のぼっていいよ? ヨウちゃーん」
「……ぜってぇちげぇだろ。おいテメェ等、まさか喧嘩を」
「ッハ! ワタルさん。階段の神秘を知っていますか?」
「おっと? 聞こうじゃありませーんか。ケイちゃんの言う階段の神秘とやらを」
「やだなぁ。そりゃもう下から階段を眺める、これって男のロマンじゃありませんか! ほっらぁ女子が階段を上り下りすると、スカートがチラチラッと。俺はこれを階段の神秘と命名したいのですが、如何でしょう?」
「もぉーん、ケイちゃーんったらぁえっちぃ! よーし、今から女子が下りてこないかどうか見張ろっか! パンツの柄を予測してみよーん!」
「あ……でも最近の女子は下に体操着を穿いてますよね」
「あー……確かに。最近の女子は男のロマン泣かせだよねぇ」
残念だとぼやく変態二人組。体は未だ痛くて堪りません。
ついでに頭上からグサグサと鋭い視線が飛んでくるけど、頑なに無視。スルー。
心を鋼鉄にしないとやっていけないんだぜ!
早く行ってくれないかなぁ、ヨウ。そろそろチャイム鳴るぜ?
「ヨーウ、行かなくていいのか? チャイムが鳴るぞ」
「テメェ等は?」
「男のロマンのために此処で見張りをしたいと思いますアニキ。水玉パンツが恋しいんで」
「僕ちゃーんもいちごパンツが恋しいので見張りマーススンスン。あ、ヨウちゃーんもする? 仲間に入ってもいいよんさま? ナニパンツ派? 鬼パンツ?」
相手は呆れて物も言えないようだ。
仲間に入ろうともせず、ヨウは俺とワタルさんに馬鹿をする暇があるならさっさとあがって来いよ、と命じて各々頭を叩き、悠々と階段を上って行く。
に、に、憎たらしい!
殺意すら湧くんですが!
俺達は段が上れないから、こうやってしゃがんで休憩をしているのに。
「嫌味だよねぇ」
ワタルさんは不機嫌に唇を尖らせ、
「ですよねぇ」
俺は遠い目をする。
揃って憎たらしいと舌を鳴らした。
「もういいや」
ワタルさんは階段に腰を掛けて一休み。俺も上れそうにないから隣に腰を掛けた。
「しんどい。階段さえ上れないってどんだけうどんだけそばだけー。昨日の多さは参ったよねぇ……戦力が欠けているからまたツラっ」
「ほんとうですよ。戦力の要になっ……あー……ワタルさん、パンツじゃなくてイケメンを発見しました」
やってられないとばかりにぐわぁあっと二人で天を仰いだら、手摺越しにこっちを見下ろしているイケメン不良一匹。
堂々と盗聴をしているらしく、俺達の会話に聞き耳を立てている。片眉もつり上がっていた。
「やっぱ喧嘩か?」
上から物を尋ねてくる舎兄に俺とワタルさんの返答は以下の通り。
「パンツは水玉派でーす。オレンジ系がいいデース」
「パンツはいちごちゃんスキーです。王道に真っ赤ないちごでお願いしマースマスマスマス」
あくまでパンツでこの場を押し通した。
向こうの軽い怒気を感じつつも、「へへっ」「ひひっ」俺、ワタルさんは笑いで誤魔化す。
このままではいけないと察し俺達は根性で立つと、気丈に階段を上ってみせた。
痛みのあまり、俺もワタルさんも上る途中で悶絶。
チャイムが鳴っても走れずに身悶えてしまう。
俺達と足並みを揃えるヨウがやっぱり何か遭ったんじゃないかと聞いてきたけど、
「いちごも捨て難いんですよね」
「僕ちゃーん水玉はピンク系」
あくまのあくまでパンツの柄でこの場を押し通してみせた。
訝しげな顔をするばかりのヨウに落胆の色が見える。話してくれると思ったのだろう。
ははっ、残念!
お前が俺達に歩んでくるまでぜぇーったいにチームのことは教えてやらないもんね!
お前が先に距離を置いたんだ。教えてやらないもんね!
悔しかったら、まずは俺達のところに帰って来い。
誰もお前を拒まないんだ。
目が覚めても覚めなくても、気持ちの整理がついたら仲間に歩んで、ぶつかって、そして目を覚ましてくれよ。ぶつかる役目は俺が買って出るからさ。



