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「うっわっ、嫌な天気だなぁ。雨降りそう。あー頭痛いし」



それは午前十時を回った曇天模様日和のこと。 


深夜遅くまで仲間内と飲酒をしていたハジメは、軽い二日酔いに悩まされながら起床。


完全に登校時間を過ぎてしまっているのだが、遅刻など日常茶飯事のハジメにとって時間を見ても驚くことはせず、取り敢えず自室のカーテンを開け、空の顔色を窺っているところだった。


頭痛がすると愚痴りながら、ハジメは窓の向こうに広がっている曇天模様にゲンナリ。

頭痛によって気鬱になっている気分が、天気によって更に鬱々と気分を落ち込ませた。



「サボりたい」



けど、あんまり休むと欠課が増えて進級できなくなる。 


進級できなかったらエリート両親がなんと言うか……まあ、どうせ不良になった時点で見切られているのだから彼等に思うことはないが、皆と進級できなくなるのは心苦しい。


ハジメは小さな吐息をつく、カーテンを閉めた。

家に篭っているより、素の自分を受け入れてくれる仲間の下で二日酔いに苦しんでいた方がマシだった。


洗面をするために廊下を出たハジメは、まずリビングに入り親がいないかどうか確かめる。


どちらとも弁護士をしているため、今日も早朝から出勤しているようだ。


その姿は見受けられなれない。


昔と変わらず、台所にはラップの被せられた昨晩の夕食と朝食。 


母親が用意してくれたのだろうが、ハジメは食す気分にならなかった。


親が作ったものを、今は食べる気になれなかった。食べただけで胃が拒絶反応を起こしそうだとハジメは苦笑。


聞いてしまったのだ、昨日の両親の会話を。

息子を従順にエリート弁護士に育て上げたかった両親は、今の息子に嘆いている。毎日のように。


夜な夜なリビングで話し合いをしていらしく、昨晩もハジメは聞いてしまった。


酔って帰宅した自分が廊下にいることも気付かず、夫婦で熱心に愚息を更生させる方法を。


今からでも間に合う、息子と話し合って不良達と縁を切らせるべきだ。


遅れた分の学力は塾なり何なりで取り戻させればいい。

真摯に将来のことを考えさせるべきだ、と両親は息子の存在に気付かず熱弁し合っていた。



それほどまでに、不良になった息子に羞恥心を抱いているのか。


完璧でなければ気の済まない両親の固定観念のおかげ様で、こちらは随分と苦しめられてきたのだが、まだ両親は完璧に固執している。


優秀な学業で卒業する完璧な息子、エリート道を進む完璧な息子、勝ち組弁護士となった完璧な息子。

両親はそんな完璧息子を欲している。


しかし、大変に遺憾な事に自分も一端の人間。


欠点だらけだし、弱い部分も多々あるし、自分にも心があり意志がある。好きな事を自由にしたいし、夢だって見たい。


彼等の望む完璧息子になどなれないのだ。

その息子を恥と呼ぶのならば、自分は恥のままでいい。恥でい続けよう。


素の自分を受け入れてくれない親に溜息をついて、ハジメは用意されていた食事を生ゴミ入れに放り込んでいく。

向こうの手料理を食べない、それは親に対する些少の反抗だった。




二日酔いを治すために軽く水を飲んだ後、ハジメは洗面をし着替えを済ませ、身支度を整える。



携帯を確認すれば、新着メールが三件。


クラスメートでありチームメートでもある弥生、ケイ、それからリーダーのヨウ。


自分が学校に姿を現さないことを心配してくれているらしい。


学校に来ないのかと似たり寄ったりのメール内容を寄越してきてくれている。


こうして仲間が自分の存在を心配してくれている。


素の自分を受け入れ、仲間と呼んでくれている。

捻くれたことばかり思っている自分を必要としてくれている。


ハジメにとって心の拠り所だった。


救いの居場所、というべきかもしれない。


そうこう思っているうちに、また新着メール。

今度はワタルからだ。


『二日酔いで死亡中?(笑)』


茶化した内容のメール。

昨晩、自分と飲んでいたメンバーの内の一人だ。


笑声を漏らしつつ、『死亡中(笑)』と返してハジメはブレザーを羽織る。中身のない通学鞄を肩に掛けると、携帯を再び確認。