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このところ安穏平和平穏と、三拍子の穏やかな日々が続いている。


『エリア戦争』も終わって随分経つけど、これといった大きな事件も起きていない。


ちょくちょく舎兄の喧嘩の飛び火が俺のところにやって来ることはあるけど(いつものことだけどさ!)、それ以外は静かで平和そのものな日常が俺達に休息をくれた。


骨休みでもしなさいと言っているような穏やかさ。



だけど……その穏やかさが俺には嵐前の静けさにしか思えなくて、ちょっと警戒心を募らせていた。


向こうが何か目論んでいるんじゃないか、仕掛けてくるんじゃないか、実は実は背後に日賀野が立っていたり!

振り返った俺は大絶叫して喪心したり!


……日賀野をお化け扱いしているけど、そんだけ俺のトラウマはオッソロシイってことだ。


黒髪青メッシュとか想像するだけで悪寒が背筋を駆け抜けるんだぜ!


今までが今までだしな。


こんなにも平和が長く続くと、どーしても心配に……グスン、何だか俺、平和から疎遠になっているような気がする。


地味で平和な日々はどこいっちゃったかなぁ。


はぁーあ、ジミニャーノ達は俺の苦労を知ってか知らずか、面白おかし話として聞いている。


今も放課後に、こうして日直の仕事をしながら俺は平和への疎遠話を愚痴っているのだけれど、聞いてくれる薄情ジミニャーノ達は揃いも揃って「どんまい」のカッコ笑いカッコ閉じる、を俺に向けてくれる。誰もが俺の立ち位置にならなくて良かったって言いやがったよ。


ああくそっ、マジで嫌味な奴等だな! ここは友情で慰めてくれるのが人情ってもんだろーよ!



「田山ってつくづく不運だよなぁ。いやぁ俺、お前じゃなくて良かった!」


野球部に行く仕度をしながら、光喜がニシシッと意地の悪い笑声を漏らす。

同感どうかんだと透もほのぼのと相槌。

利二は利二で苦笑いを零しながら、


「お前の立ち位置だけはごめんだ」


肩を竦めた。


くそうお前等、誰か一人くらい俺の立ち位置になってみようかなぁと思うチャレンジャーはいねぇのかよ! 見損なったぞ!


ちなみに俺がお前等なら、死んでも「その立ち位置になりたいな」とはおもわ……あー……今はどうだろう。


最近の状況はちょっと俺にとっては春だしな。


苦労や恐怖や波乱ばっかあるけど、その、うん、悪いことだけじゃないぞ。



黒板消しで黒板を綺麗に磨いていると、


「ケーイ!」


窓枠に寄り掛かった舎兄が俺を呼んできた。



俺はもう慣れちまったけど(あいつの舎弟なんだ。そろそろ慣れないとおかしいだろ?)、利二も慣れているけど(間接的に仲間だしな?)、他の二人は不良の登場に固まる動作がチラホラ。


二人とも慣れって大事だぜ?

慣れりゃ、どうってこと……ないってわけなじゃないけど、まあ、そこそこ免疫はつくもんだ。


俺は強くなった!

レベルが1は上がったと自負するね!


奇襲者改めイケメン不良のヨウは俺の日直をしている姿に、ちょっと不満そうな顔を作った。



「何だよ、真面目に日直の仕事をしているのか? おせぇと思ったら……さっさと済ませろって。愛しのココロちゃんがお前の登場を待っているぞ」


「い、愛しの……ヨウ! からかうなって!」


「ほーんとうのことじゃねえか。はぁーあ、いいねぇ。羨ましいねぇ。微笑ましいねぇ。舎弟には春が来て。まあ、勘違いもしていたみたいだけど?

あーあ、だーれだ、ココロの好きな奴が俺とか思った馬鹿。
助言をしていた俺ってもしかして舎弟の嫉妬対象だったとか?

うっわぁ、だったら俺乙じゃねえか。カワイソー。舎兄の優しさはムクワレナイデスネ」


ゲッ、お前……またその話を蒸し返してくる。

赤面する俺は思わず黒板消しをその場に落とした。


「ちょっとしたすれ違いだったんだって!」


声音を張って過去を弁解するも舎兄はヤーレヤレと白々しい呆れを見せ、

「廊下で待ってるからな」

笑いを押し殺しながら俺に待っていると手を振った。