「ココロは?」


自分は歌わないのかと尋ねる。

彼女は苦笑いを零し、カラオケは不得意なのだと教えてくれた。


彼女の性格上、そう言われても驚きはしない。

人前で歌う行為が好きではないと肩を竦めている。


うーん、苦手な人もいるよな。


誰もがカラオケは発散できる場所! と思っているわけじゃない。


寧ろ歌うことが苦手な人もいると思う。


でも記念に一曲くらい歌えばいいのにな。


「なんか歌える曲ある? 良ければ一緒に歌おうか?」

「え?! え、えっと……私……声が小さくなりますし。やっぱり苦手なのでその……うーっ、ごめんなさい」


ココロは極端に歌が苦手のようだ。

音楽で実施される歌のテストに苦痛を感じるタイプとみた。


「謝ることないよ。苦手なら苦手で、皆で一緒に場を盛り上げればいいしさ。こういうのは空気を楽しめばいいよ」


彼女が歌えないなら、一緒に盛り上げてやればいい。

それだけでココロが楽しめるのなら俺も満足する。


ココロに笑いかけると地味っ子の出番だと言ってタンバリンをシャラランと鳴らしてみせた。


そうそう、それでいいのだと相槌を打ち、俺は響子さんと弥生が歌っている姿を眺める。


二人ともノリノリだな。

向こうでは野郎どもが次の曲を入れるために機械を操作している。


目じりを下げると、俺は再びココロに視線を流した。

彼女と視線が合うと微笑みが返ってくる。


ガンガン鳴り響くBGMなんて気にならない。

カラオケの室内は薄暗くて、盛り上げ役の光が忙しく四方八方に発光しているけど、彼女の笑みはちゃんと確認できる。


目を合わせるだけでも自然に笑える瞬間だった。


ただただ俺の意識は彼女に傾いていた。


『エリア戦争』が終わった今、俺は俺のすべき約束を果たさなければいけない。


これ以上、予約を先延ばしにすることなんてできないじゃないか。


決めているんだ、『エリア戦争』が終わったらココロに気持ちを伝える。伝えるんだって。


彼女の気持ちを察しても、自分の気持ちは言葉にして伝えないと……相手に本当の意味で気持ちが伝わらない。俺はそう思っている。


シャララン、シャララン、タンバリンを片手に不良達の歌う曲を盛り上げた。


隣り合う俺達の距離はいつもよりも近く、目を合わさなくとも傍にいてくれる喜びを噛み締める。


結局、俺は片手で数えられるほどの曲しか歌わず、ココロにいたっては一曲も歌わず、カラオケは終了してしまった。


けれど、それで良かった。

歌うことよりも大切な時間を過ごせた気がして俺は大満足だった。


気付けば今日一日の大半を彼女の隣で過ごしている気がする。


カラオケの時も、会計の時も、移動する時でさえも。

勘の良い舎兄は既に何かを察しているのかもしれない。

テンションが上がっている俺の様子をおかしそうに笑い、何度も気付かぬ振りをしてくれた。