気付くと満目いっぱいの茜空が蓮を見下ろしていた。


自分が失神していたのだと察した蓮にそれが数十秒だったのか、数十分だったのか、はたまた一時間だったのかは分からない。


ただ綺麗な茜空が此方を見下ろしている、ということだけ把握できた。

瞬きを繰り返していると、


「この馬鹿野郎」


元舎兄が顔を覗き込んできた。

どことなく泣きそうで、どことなく怒気を纏った面持ち。

持ち前の金髪を微風に揺らす彼は本当に馬鹿野郎だと自分を罵り、上体を支えてくれる。


「おめぇはいつもそうだ。俺の肩ばっか持とうとして自己犠牲に走る。ンなの誰が喜ぶんだ。おりゃあ冗談でも嬉しくねぇ」


勝者の表情は雨天模様に近い。

エリア戦争が終わった日もこんな顔をしていたっけ。蓮はぼんやりと彼を見つめた。


「蓮、終わりだ。くだらねぇ喧嘩も、意地の張り合いも、自己犠牲も終わりだ。一人でしょい込むキザな真似も、もう終わったんだよ」


元舎兄は終わりをくれた。

それは蓮の望む終わりではなかったが、確かに“終わり”を与えてくれた。


「おめぇを随分と追い詰めたな。おりゃあ、おめぇが榊原についた“うわべ”だけの現実だけ信じちまって……蓮の苦しみを一抹も分かってやらなかった。
最初から俺がおめぇを信じていればこんなことにはならなかった。悪い、気付けなくて悪かった、本当に悪かった」


「和彦さん……」


「戻って来い蓮。これはおめぇだけの責任じゃない、俺達の責任だ。俺達で片付けねぇといけねぇ問題なんだよ」



「勝負はおめぇの負けだ」片意地張るのはもうよせ、元舎兄は敗者に命じる。


何もかも自分の心境を見透かし、己の苦しみを理解した彼はもういいのだと言葉にしてくれた。

自分を許せない蓮に、その問題は自分にも責任があるのだと苦しみを折半してくれた。

エリア戦争は本当の意味で終結したのだと教えてくれた。


元舎兄は蓮の心の中に沈んでいた本当の望みを、その“終わり”を与えてくれたのだ。


喉の奥が熱くなる。

彼の下には戻らないとあれほど決意していたのにこれ以上、意地を張ることができず、ついに蓮は己の心情を明かす。


許せない、自分が許せない、弱い自分を許すことができない。本当は誰も裏切りたくなかった。


けれど弱かったばっかりに裏切ることとなった。


だから終わらせて欲しかった。

誰でもない、尊敬する舎兄にこの茶番を終わらせて欲しかったのだ。


もう隣にいられない現実や自分に嫌気が差し、確かな“終わり”が欲しかったのだ。この苦しみに“終わり”が欲しかったのだ。

堰切った感情をそのままに腕で顔を隠す。


「やっと蓮の本音が聞けた」


一ヶ月、この一ヶ月、己に背を向けた舎弟の心を探して道に迷っていたと浅倉。

その舎弟をようやくここで見つけたと彼は声を震わせ、腕で首を絞めてくる。

涙声を隠すように笑い、舎兄弟喧嘩は仕舞だと蓮の頭に手を置く。


裏切りなど一切使わない。


彼は舎兄弟喧嘩だったのだと言い切る。言い切って笑い飛ばしたのだ。


それが元舎兄なりの“終わり”の示しなのだと蓮は気付き、ますます情けない顔を作ってしまう。どうしたってこの人には敵わないと思った。


強引で何をするにも一点張り。

すぐに熱くなる男は人を放っておいてくれない節介馬鹿。そこが彼の惹かれる一面でもあるのだ。