一方、浅倉は蓮の鮮やかな鉄パイプ捌きに苦戦を強いられていた。


さすがは“少林寺拳法”と呼ばれた拳法を習っていただけある。


動きが滑らか且つ重量のある鉄棒を、まるで棒術のように巧みに操ってくるのだから。


小六でやめたらしいが少林寺拳法とやらを習っていたおかげさまで、蓮はチームの中でもずば抜けて喧嘩が強かった。それはそれは強かった。


しかし、彼自身は喧嘩を好まず。

無益な喧嘩では決してその腕を見せようとしなかった。


いざという時に、それこそ大切な仲間がピンチに陥った時に使う力なのだと本人から直接聞いた事がある。


親に無理やり習わされ得た力だけれど、誰かを守るために使いたい。



『ちょっとクサイですかね? 和彦さん』



舎弟はそう、照れ臭そうに笑って話してくれた。

蓮と榊原の思考は常に相反していた。

喧嘩を極力避けていた蓮、一方で喧嘩を好んでいた榊原。


その二人が同じチームに属している。


自分を見切った点については、自分に何か問題があったのだと割り切れるが、榊原について行った蓮が気掛かりでならなかった。


「おりゃあ、テメェがどうしてそっちに行ったのか分からない。正直、舎兄弟を解消されてショックも受けたしなぁ」


反撃の拳を相手の右肩にぶつけ、浅倉は後退する元舎弟を見据えた。


「ホトホト振り回されることに疲れたんだよ」


ケッ、吐き捨てる蓮はすぐに熱くなって周囲の状況を判断できなくなる舎兄にウンザリしたのだと悪態付く。


先方までは敬語だったというのに、まったくもって180度違う態度だが……どことなく違和感を覚えたのは直後のこと。


違和感があり過ぎてお前はどこぞの大根役者だとツッコミたくなった。

指を差して笑いたくなるほどだ。



そこで浅倉は小さな、けれど重要なことに気付く。



自分のことで手一杯だった故に、一度も離れて行った舎弟自身の心境に気付いてやれなかった、と。


舎弟との関係はそれなりに長い。


それなりの絆を作り上げてきた筈。

それなりの時間を舎兄弟で過ごしてきた筈なのだ。


舎弟が理由もなく自分から離れて行く筈がない。自分達はそれだけ信頼し合っていた仲なのだから。



――嗚呼そうか、自分は何処かで舎弟に恨みを抱き、失望していたのだ。



前触れも相談もなし舎兄弟を解消されて、ワケも分からず相手を責めては打ちひしがれていたのだ。

舎弟自身の心のことなど考えもせず、自分で一杯一杯になっていたのだ。普段の舎弟を誰よりも知っているくせに。


おっと感傷に浸っている暇は無いようだ。

紙一重で相手の鉄パイプを避けると、思い切り足を振り上げて凶器を手から放させる。


同時に相手の胸倉を掴んで、自分の元に引き寄せた。

軽く怯みを見せる元舎弟、否、今でも大切なダチに聞くのだ。




「蓮。おりゃあ、テメェに見切られたことよりも、お前自身の気持ちが気掛かりだ。お前はこんな喧嘩なんざ好んだことがないだろ。凶器を使うなんて、おめぇらしくもねぇ。桔平の時もそうだ。手前の気持ちを隠すように足を出しやがって。蓮らしくねぇんだよ」 




向けられる瞳が萎縮する。

それはコンマ単位ではあったが、限りなく小さな動揺が瞳に宿った決定的瞬間。


浅倉は確かに相手の心を垣間見た。


「煩い」


耳障りだとばかりに蓮は浅倉に掴まれている胸倉を離させるため、渾身の力を籠めて浅倉の胴体を蹴り飛ばす。


これまた痛烈な攻撃を食らったものだと顔を歪めながらも、浅倉は確信を得たと握り拳を作って元舎弟に声音を張った。


「来い蓮! おめぇに勝って、おめぇ自身の本音を聞いてやる。
覚悟しておけ! おりゃあ容赦しねぇからな! 向こうのチームに行ったとしても、おめぇはまだ俺の舎弟だ。一方的におめぇが俺を切っても、俺等はまだ終わっちゃねぇよ!」


ニッといつもどおりに笑って見せると、向こうはあからさま動揺を見せてきた。

能面に戻るものの、襲い掛かってくるその拳に迷いが見え隠れしている。

些少の変化を見逃す筈もなく、浅倉は向こうに渾身のストレートをかました。


呻き声を上げる蓮だが、苦痛に顔を歪めている現実に目を瞑り、その横っ腹を蹴り飛ばした。


体勢を崩す蓮は地面に手をつき、「チッ」聞こえるか聞こえないか、小さな舌打ちを鳴らす。


やはり蓮には何か、向こうチームに行く心境の変化があったのだ。しかも向こうの本意ではない、心境の変化が。