「ア゛ァアアアアアアアァアア! 今、うちの尻触った奴は誰だァアアアア! ドサクサに紛れて何しやがるんだぁあああん?! ぶっ飛ばすぞあぁああああん!」



何処からともなく聞こえてくる大音声。


思わずヨウとキヨタは、動きを止めて声の方を流し目にする。


そこには青筋を立てに立てまくった我等がチームの『華』というべき、女不良。三ヶ森響子の憤った姿が。



彼女は怒っているのではない。激怒している。


目の前の不良の顔面にストレートパンチ。


相手の歯をへし折ってしまう響子だが、拳の血を拭うこもせず、真横にいる敵に右フック。

どいつが自分の尻を触ったと業を煮やしている。


女性の顔など、そこにはない。


今あそこに立っているのは、鬼の形相をした雄々しい不良である。


「……わぁ、怖いこわい。ヨウさん、響子さんって……前々から思っていたんっスけど喧嘩強いっスよね。しかも……怖いっスっ! パねぇっス!」


その場で二の腕を擦り、キヨタが身震いをする。同じくヨウも背筋を凍らせていた。


「……付き合いは長いが、やっぱあいつのブチ切れは怖ぇな。頼りになる分、ああなったら見境がねぇ。無差別に男という生物を殴り飛ばす。気が済むまでな」

「え゛? それって不味いんじゃ……だって無差別って仲間も。ヨウさんっ、いえ、リーダー! 責任を持って止めてきて下さいよ!」


「はあ? お前、俺にそんなとんでも発言を」


ヨウは間髪容れずに反論。



「馬鹿言え。俺も男だぜ? あいつに近付いたら殺されちまう! テメェはリーダーの俺に死ねってか!? ジョーダン言うなって」


「けどこのままじゃ犠牲者が! 仲間に犠牲が出るなんて悲しいっスよ! こういう時こそガツーンとリーダーの出番っス! さあ、モトの兄分として、ケイさんの舎兄としてガツーンと男を見せて下さい!」



さあさあさあ。

目を輝かせながら、相手を伸すキヨタ。脱不良でもしたような、黒髪の色を一瞥して、ヨウは笑顔で答える。


「俺、しーらね。響子に殴られた奴は自己責任だ、自己責任。リーダーも何もカンケーねぇや」 

「えぇえええ?! リーダー、そんな無責任な! あんたリーダーっしょ!」


頓狂な声を上げるキヨタだが、ヨウは知らない知らない何も見ていないとブツクサブツクサ。

目前の死闘か、それとも響子の暴走を止めるか、その場で選べと問われたら即答で前者。


喧嘩で怪我する分より、響子に殴られて怪我するほうがよっぽど怖いのである。


イケメン不良のヨウだって一端の人間、普通の人間であるからして……つまり命は惜しいものである。


「アッハー! 俺サマに拳を入れた奴っ、よくやりやがった! 出て来いや!」


こちらでも喧嘩によって豹変している不良が。


長髪のオレンジ髪を振り乱しながら、振り下ろされる金属バットを受け止めるワタルは「あひゃひゃひゃ!」甲高い笑声を上げながら、相手の手から凶器をすっぽ抜いて柄頭で相手の喉を突く。


「あひゃひゃひゃ! たのすぃぜ! あーひゃひゃひゃ!」


笑いが止まらないのか、あひゃひゃひゃ! あひゃひゃひゃ! あーひゃひゃひゃ! ……ゲホンゲホン、笑い噎せながら相手の急所を狙い撃ち。



「あっちでもえげつねぇことを。さすがはドS不良だな。喧嘩になるとドドドSになりやがる」



仲間内ながらも、ワタルが悪役に見えるのは気のせいではないだろう。

頼もしくも豹変すると怖い仲間達が敵を潰してくれる中、ヨウは直進している浅倉を見つけて援護に回る。


腕の立つ浅倉だが、雑魚の相手をさせるわけにはいかない。

彼が打ち取らなければいけない相手はただ一人。

体力を温存させるためにも、自分が雑魚を買って出なければ。

協定を結んだ時から心に決めていた。


仲間を引き抜かれ、絶望を味わった同類に必ず一旗あげさせる、と。



気質も性格も似ている自分達。

お互いに直球型の不良の自分達。舎兄弟に関して境遇が似ている。

自分は舎弟の覚悟ある決断により救われたが、浅倉は……もしかしたら自分とケイも彼等と同じ目に遭っていたかもしれない。

二人の間に何が遭ったのかは分からないし、部外者の自分には知る由もない。


けれど何かしてやりたかった。

榊原よりも浅倉にリーダーの素質があるのだと、向こうに行ってしまった彼等の元仲間達に教えてやりたかった。

策士の部分では確かに浅倉は劣っているかもしれない。


しかし仲間を想う気持ちは向こうよりも上なのだと、彼等に教えてやりたかった。


援護をしてやりながら、浅倉と榊原に向かって駆ける。


不良軍の中でも異色を放つ目立つ髪をしているため、直ぐに榊原の姿は捉えることができた。



このまま猪突猛進に――榊原を援護するように前に不良が現れる。



見事なまでに夕陽色に染まっている赤髪、切れ目をこちらに向け、片手に長い鉄パイプを握り締めている。

能面に近い表情を作っているその不良は、


「通さない」


二人の目的を見越して構えた。


向かい合うだけで分かる。こいつはだだものではない、と。