「親父が帰っていたなんて……なんだよ。くそっ」


自分の帰宅姿に嫌悪、まるでゴミを見るような眼を飛ばしてきたと思ったら痛烈な文句。


家族に迷惑を掛けた?

そっちこそ都合の良いように自分を振り回してばかりではないか。


離婚に再婚、厳しさばかりの教育、世間体ばかりを気にする始末。親の愛情を思い出そうとしてもヨウには一抹も思い出せずにいる。


結局、家に自分の居場所なんぞないのだ。

ブレザーのポケットに突っ込んでいる携帯が音を奏で始めた。


取り出して開いてみると、そこには義姉の名前。

心配して電話を掛けてきてくれるのは血縁のない戸籍上、姉のひとみだけだ。


しかし、申し訳ないが今は着信に出る気分ではない。

着信音を聞きつつヨウは汚れているアスファルトに視線を留め、向こうが諦めるのを待つことにした。


プツリと音が消える。

どうやら諦めてくれたようだ。良かった、と思う間もなく携帯からピピピピっと音。


「まさか……」


開きっ放しの携帯に目を落とせば“充電して下さい”の表示。

踏んだり蹴ったりとはこのことだ。充電器は家にあるため、コンビニで充電器を買わなければ。


「……ん? は? まさか……ちょ、アリエネェ。財布は鞄の中じゃねえか。置いてきちまった」 


無一文の上に充電の切れた携帯(使えねえ!)、踏んだり蹴ったりはっ倒されたりの気分である。

カッと頭に血がのぼって家を飛び出してきたものの、何処で一夜を明かせばいいやら。


電話が切れてしまった今、アポなしに仲間内のところに行くわけにもいかない。

時刻は多分、十時を回っている頃だろう。


大半が泊まりに厳しい家庭。


アポなしで転がり込むのは向こうだって困るだろう。


せめて金があればどっかで時間を潰せるのだが……仕方が無い。金を借りに行こう。


ヨウはこの時間に訪問しても比較的に優しい応対をしてくれるであろう、舎弟の家を目指すことにした。


徒歩で二十分程度、家が近くて良かったとつくづく思う。


彼、もしくは自分が電車通だったらそれこそ徒歩一時間は覚悟しなければいけないだろうから。


「ほんと何だかんだで世話になってるよな、舎弟には」


思いつきで作った当初では考えられないほど、自分はあの地味っ子を頼りにしている。支えにしているのだ。


とは言うものの……。


「ンー。挨拶はどうするべきだ。夜遅くにごめんなさい? それとも夜に突然お邪魔します? お暇イタシマシタ……? これ、正しい敬語なのか? あーくそっ、敬語っつーのは苦手だからな」


やはり引け目を感じていたヨウの足取りは重かった。

途中で不良に絡まれたが、それを難なく乗り切り、舎弟宅を目指すために緩やかな坂をのぼって行く。


けれど半分ほどのぼったところで足は止まってしまった。


ヨウは腕を組んでうんぬんと舎弟宅に向ける挨拶を考えていたのだ。

ケイが一人暮らしならまだしも、彼は家族と一緒に暮らしている。


慎重に、丁寧に、そして向こうになるべく悪印象を与えないよう努めなければ。

ケイの家族には良くしてもらっているのだ。悪くは思われたくない。


不良といえど多少の礼儀は心得ているつもりなのだ。身形に関しては胸を張ることができないが、ちゃんと場は弁えている。自分なりに。

普段は使わない頭をフルに働かせていると腹の虫が鳴る。


「腹減った」


夕飯をまだ済ませていないヨウはがっくりと項垂れてしまう。惨めな気持ちになってきた。

どうして自分がこんな目に遭わなければならないのだろうか。


早いところ舎弟に金を借りて、ファミレスなりMックなり一夜過ごせる場所を確保しなければ。