時刻は九時半過ぎ。



ヨウは浅倉と共にチームメートへ『今日は解散』と指示し、皆を各々帰宅させた。


ヨウ自身も仲間と別れ、ひとり帰路を歩き、自宅である七階建のマンションに到着する。エレベーターに乗り『5』の数字を押し、荒っぽい手付きで『閉』を連打。


ガタン、揺れるエレベーターはあっという間に五階へ到達した。


脳内で『エリア戦争』や浅倉と話したことを巡らせながら、自宅の扉を開ける。


普段だったら玄関で“奴”の靴があるかどうかチェックするのだが、今日は余裕がなかったため、よれよれのローファーを脱ぎ捨てて真っ直ぐ自室へ。

鞄をベッドに投げた後、喉の渇きを潤すために着替えを後回しにしてリビングに向かった。


「庸一。おかえりなさい」


リビングに入ると、驚いたような顔でこっちに視線を投げてくる母。血の繋がりのない父の再婚相手が声を掛けてきた。

母がこんなにも驚愕しているということは……ヨウは眉根を寄せて部屋をぐるりと見渡す。


なんてこったい、リビングの窓辺に設置しているソファーに忌々しい父の姿があるではないか!


普段であれば、奴が帰宅しているかどうかを念入りに確認し、いるのであれば顔を合わせないよう自室に篭っている事が多いのだが(顔を合わせれば嫌味を飛ばされる!)、ああ、油断していた。


聞こえぬよう舌を鳴らすヨウは母の挨拶を無視し、キッチンに入ることにする。奴の姿のせいで余計に喉の渇きを覚えるではないか。

最も顔を合わせたくない父の姿に嫌悪感を抱きながら、荒々しく冷蔵庫を開けた。


次第にリビングの空気が濁っていく。

家族の中で唯一普通に相手できる三つ上の義姉、荒川ひとみが「庸一お帰り」空気を和ませようと笑顔を向けてくるが空気は変わらず。


「そうやって遊び散らしては愚行ばかり。家族にとってイイ迷惑だ」


ソファーに腰掛けている父から痛烈な嫌味が飛んできたため、「るっせぇ!」ヨウは盛大に反論。

自分の何を知っているのだと毒づき、そっちはろくでもない父親ではないかと吐き捨てる。


売り言葉に買い言葉、頭に血が上った父と喧嘩が勃発する。


母や姉が止めに入ってくるが、止まることなく口論が繰り広げられた。

これがヨウにとっての日常であり、家に帰りたくない一つの要因だった。

完全にヨウの親に対する気持ちは冷め切っている。

散々喧嘩した末路は、胸倉を掴まれ一発かまされるという陳腐なもの。


「出て行け」


侮蔑したような眼で吐き捨てられたため、


「あー出て行ってやるさ!」


お前がいる間は帰って来ないとテーブルを蹴り倒し、ヨウはリビングを飛び出した。


「待って庸一! お父さんも言い過ぎよ! べつに殴る必要なんて……あ、庸一ったら!」


ひとみが慌てて追い駆けに来てくれるがヨウの耳には届かず、ローファーを爪先に引っ掛けると弾丸のように外へ。 


エレベーターを待つのも億劫だったため、階段で一気に地上まで駆け下り、マンションを後にする。

しっかりとローファーを履いていないため、何度も躓きそうになったが構わず足を動かし、少しでもマンションから遠ざかるよう心掛けた。


夜風を切っている内に頭が冷える。ついでに息も上がってきたため、足を止め、古い民家の塀に背を預けて呼吸を整えることにした。

軽く掻いている汗が夜風によって冷まされ、心身冷えていく。


「最悪」


一発かまされた右頬を軽く擦り、口端をぺろり。鉄の味に、やっぱり切れているとヨウは盛大に舌を鳴らした。

その場にしゃがみ込み、はぁっと額に手を当てる。