火を渡すよう言われ、ケンは百円ライターを取り出し火を点す。

そのままススムの銜えている煙草の先端を焙ってやった。


「悪いな」


ススムは目尻を下げ、ケンの肩に肘を置く。


「ヤマトの奴、近頃のお前を気に掛けていたぞ。元気のないお前をな。あまりにも元気がないようなら個別に呼び出すつもりだろうな」

「支障が出るからでしょうか?」


「それは勿論だがヤマト自身も心配なんだろ。あいつ、ああ見えて仲間思いだからな。だから、じぶん達も奴について行く。
荒川のことはよく知らないが、きっとヤツにはない部分にじぶん達は惹かれたんだ」


普段はゲームだの何だの言って喧嘩を楽しむ男なのに、憮然と息をつくススムの表情は浮かない。副リーダーとして苦労しているのだろう。


「だからヤマトさんは男前なんですよ。表向きは喧嘩をゲームだと楽しんでいるだけ、でも裏では仲間を守ろうとする。おれはヤマトさんを心底尊敬しています。
アキラさん達みたいに、おれは中学の因果があるわけじゃありませんが、ヤマトさんのために何かしたい……未練をさっさと断ち切りないといけないのは分かってるのになぁ」



――早く古い自分とおさらばしないと。



ふぅっと張り詰めていた息を吐き出し、ケンは左ポケットから携帯を取り出す。

アドレス帳を呼び出し、画面に映し出すのは『田山圭太』と登録された連絡先。

メアドも、自宅と携帯の電話番号も、誕生日も、血液型も、住所も、そこには登録されている。


「ケン、無理はしなくていい」 


ススムは言う。

チームはチームのこと、そして個人は個人。個人の事情とチームを一緒にしなくてもいいと。


しかしケンは迷うことなく呼び出したアドレス帳を削除する。

ボタン一つで数十秒も掛からず、中学時代の一番の友達の連絡先を、気持ちを、思い出を削除するのだ。


何もかも消えて欲しい、まっさらな関係に戻って欲しい、彼と出会う前の自分に戻って欲しい。そう願いを込めて。


だが、連絡先は消えても気持ちは簡単に消えてくれない。

消した途端、色んな思い出が走馬灯のように脳裏に流れ過ぎていくのだ。


あの日、あの時、あの瞬間、自分達は確かに馬鹿みたいに笑い合い、些細な喧嘩もし、そして一緒に過ごしてきた。

これからもずっと友達だと信じて一緒に過ごしてきたのだ。


田山圭太と絶交、対立という結末を迎えると知っていたのなら、彼と最初から仲良くなんてしていない。


これからもずっと、そう信じていたから、居心地が良かったから、友達としてやってきたのに。


圭太なら自分が不良になったとしても、きっと「地味だったくせに!」素っ頓狂な声を上げなら、変わらず友達として接してくれると思っていた。


なのに……こんなことになるなら、彼と出逢わなければ良かった。あんなに仲良くしなければ良かった。



「馬鹿野郎……圭太の馬鹿野郎。なんで不良の舎弟になんか、よりにもよって荒川の舎弟になんかになっちまったんだよ」



振り絞るように上擦った声を出し、ケンはその場に蹲る。

「ケン」

ススムは項垂れているケンの頭に手を置き、何も言わず煙草をふかす。

今、どんな言葉を掛けたとしても彼には慰めにすらならないだろう。


だから傍にいてやるのだ。

ただただ黙って傍にいてやるのだ。


(ケンは暫く、仕事を回さない方がいいだろうな。後でヤマトに掛け合ってみるか)


ススムは銜えている煙草を手に取り、赤々と燃えている火種を見つめる。

中学の因果は過激を増す一方だ。


それはヤマト達があの因果に決着をつけるために望んでいたこと。

自分はそれに賛同し、副頭として精一杯協力していくつもりだ。


しかし代償として仲間内も傷付いてしまう。

因果も何も関係ない仲間がこうやって今傷付いている。それは胸が痛く、心苦しいもの。



(ヤマトはお前のことを本気で気に掛けていた)



だからこそ、荒川の舎弟に目を向けている節もある。


彼が此方に入れば、少なくともケンの傷は癒えるに違いない。


無論、薄望みにしか過ぎないだろう。


向こうの舎弟は荒川チームになくてはならない存在となっているのだから。