「……ごめん、ヨウ」


月明かりが濃くなる頃、俺はヨウに謝る余裕ができた。


付き合わせてしまった申し訳なさ。

心配して探しに来てくれた嬉しさ。

こうして傍にいてくれる有難さ。



ひっくるめて謝罪の形にする。



八つ当たりに近いことをしてしまったのに、「いいさ」手前がやりたかっただけだから、舎兄はキザな笑みを浮かべる。

腫れているであろう目を細め、舎兄をまじまじと見つめた。


こうしてこいつと仲良く出来ているのは、俺がヨウの舎弟になったから。

でも健太との友情を切り捨てることになった原因もまた、俺がヨウの舎弟になったから。


どちらの友情が大切なのか? 問われたら、俺は即答するだろう。


どっちも大切だと。


だからこそ健太と交わした絶交宣言は堪えた。

もう撤回できない、俺と健太の絶交宣言。元に戻れない関係はまるで硝子のよう。


一度割れてしまったら、修復することは不可能。


「なあ、ケイ……弥生から聞いたんだけどお前、向こうのチームにダチがいたんだって?」


話を切り出してきたのはヨウだった。

やっぱりヨウは弥生達に話を聞いていたようで、極力俺が傷付かないよう、遠慮がちに尋ねてくる。


真っ直ぐ舎兄を見つめ返し、へらりと力なく口角を持ち上げて答えた。「いないよ」と。

自分でも驚くくらいに疲れ切った声を出していた。


向こうの戸惑いが伝わってくる。泣き笑いを零して、「いないんだ」向こうのチームに友人なんていない。しっかりと明言する。


「けどよ。ケイ」


物言いたげなヨウに、「絶交してきたんだ」だからもういない、虚勢を張ってみせる。



「だから気遣わなくていいよヨウ。泣いてなんだけど……これは俺とあいつで決めたことなんだから。

ほんっと、あいつ、何しているんだろ。
日賀野チームにいるわ、地味から不良になっているわ、俺を呼び出してくれるわ、川に突き飛ばすわ、えらい目に遭わせてくれるわ。

母さんに制服、なんて言い訳すりゃいいんだろ。
ほんっと後先考えずにやってくれやがる。言い訳するのは俺なのにさ、制服、どうしてくれるんだろ。ほんと。三年間使うのに」



饒舌になる俺の口から笑声が零れる。

しかも、次から次に言葉が出てくるのはもっぱら制服の文句。


あれ、どうしたんだろう? こんなことどうでもいいのに。


なんで制服のことばかり心配しているんだろう。


「俺は、次ぎ会ったら健太を潰す。覚悟を決めないといけない」

「もういいケイ。いいから」


焦燥感を滲ませた声音でヨウに制される。

首に腕を回してくる舎兄が、「悪い」ほんとに悪いと眉根を下げて謝罪してきた。


なんでヨウが謝るんだよ。


寧ろヨウには感謝の気持ちをぶつけたいんだぜ。

そりゃ面白がって俺を舎弟にしたはヨウだけど、この状況になったのはヨウのせいじゃない。


今だから思える、俺はヨウの舎弟になって良かった。

ヨウ達と友達になれて良かった。

チームの皆は気のいい奴等ばっかりだ。


俺はあいつ等に出会えて良かった。


健太のことは仕方が無かったんだ。

こうするしか他に方法が無かったんだ。


お互いに今の居場所を譲れないから、仕方が無かったんだよ。兄貴。



「俺はヨウ達が大事で、健太は日賀野達が大切なんだ。なら、選ぶ道は一つしかない。それだけなんだ。あいつとは中学からの付き合いで仲も良かったけど、俺もあいつも昔より今の居場所を選んだんだ。だから良かったんだ。これでっ、これで」



声が震える。

決意すら打ち砕く、情けない声に泣きたくなった。どうしょうもなく惨めな気分だ。カッコ悪い。


「けど……お前にとって大事なダチだったんだろう?」


くしゃりと顔を歪めてしまう。これが俺の答えだ。


「これで良かったんだ」


繰り返して、鼻を啜る。


「大切なのは今だからっ、これでいい……なあ、ヨウ。俺達の判断は正しかったんだよな? お願いだからそう言ってくれ。じゃないと俺も健太も救われねぇや」

「ケイ……」



「間違いじゃ……救われないんだ。ヨウ、嘘でもいい。正しいと言ってくれないか?」