車道を走る自動車のクラクションが流れた。


脇目を一瞥する。

横断歩道ではない道路を渡ろうとしている、無作法なリーマンがそこにはいた。迷惑なリーマンだ。


『車の音……なあケイ、今、本当に家か?』


ゆらゆら、ゆらゆら、視界が揺れ始める。

空っぽだった筈の心に舎兄の声が浸透していく。

気付けば一筋、目にゴミでも入ったみたいで雫が零れ落ちる。それが馬鹿みたいに繰り返される。何度も雫が零れ落ちる。


これで、良かったんだよな。健太。



『ケイ?』



たった数秒で中学時代の友情、終わらせちまったけど、これで良かったんだよな。 

俺等はこの道しかなかったんだよな。仕方がなかったんだよな。しょーがないことなんだよな。



『ケイ……聞こえているか?』



俺達はどこで道を間違えたのだろう?

嗚呼、誰でもいい。教えてくれ。これで良かったのかどうかを。

俺等のしたことは正しかったのか、それとも間違いだったのか……ははっ、今回ばっかしは俺も、もう駄目かもしれねぇ。


色んな不良への困難乗り越えてきたけど、今回ばっかりは崩れそうだ。

何度も俺に呼び掛けてくれる舎兄の声。


それが段々近くなっている気がした。




『答えろって。電話が遠いのか? それとも「――ケイ、なんだその格好」』




電話のヨウの声、そして外界から聞こえてくるヨウの声。


俺は携帯を持った腕を下ろし、首を捻る。

通行人を掻き分けるように、歩んで来るのはまぎれもない俺の舎兄。


なんでお前はこんなところにいてくれてるわけ。


もしかして俺を心配して軽く探しに来てくれたってヤツ? 追試があるくせに、勉強もせず俺を探しに来てくれたかんじ?


このイケメン、やることなすこと、ほんとカッコイイんだよ。憎たらしいイケメンだな。同じ男として嫉妬するぞ。マジで。


まじこのタイミングでっ、見つけてくれるんじゃっ、ねえよ。


「テメェ、一体何が遭っ……ケイ」


チャリを支えていた手を放し、傍に来てくれるヨウに縋った。


重い通学鞄をかごに乗せたチャリは喧(かまびす)しく音を立てて倒れるけれど、それに目を向ける余裕はない。通行の邪魔になるとか、そんなの考える余力すらない。


噛み締めていた嗚咽を漏らし、大声を上げて現実の無情さに泣き崩れてしまう。


「ふざけるなよっ、ざけるなよあいつ!」


何がサンキュだ。憎み続けるだ。自分が潰すだ。何がチームだ不良だ対峙だ。


力なく携帯を持っているその手でヨウの胸部を叩く。

事情も何も知らない舎兄に縋って膝から崩れた。

これが正しいと分かっているのにやりきれない。どうしてもやりきれない。




「あ゛ぁあああ゛ぁああああああ―――!」




子供みたいに泣くのは久しく、それでも喉が裂けんばかりに泣くのは誰でもない俺のため。



切り捨てた友情が今になって痛い。激痛がする。

そしてこれから待ち受けているであろう、現実が恐い。恐いんだ。


いつまでも心が悲鳴を上げている。

もうあの頃に戻れないのかと心がいつまでも悲鳴を上げている。


望んでいなかった嘘だと思いたい理不尽だ。

めぐりめぐる激情を吐き出す情けない子供に対し、ヨウは何も言わず、そっと支えてくれた。



ただただ俺の感情を受け止めてくれた。



⇒№04