助走をつけるために、チャリを押して走る。


スピードが出たところでペダルに足を掛け、颯爽とチャリに跨って立ち漕ぎ。細い路地裏に入り、目的地へと向かう。 


風を切って湿気た路地裏を通過した俺は、長いながい坂道をくだった。


真っ向から吹く生ぬるい風を払うように、ペダルを踏んでチャリが出せる最高速度を保つ。


汗ばんだ手を実感するようにハンドルを握りなおし、通行人という障害物を避けて辿り着いた先。



そこは高架線下の川のほとりだった。



赤々と染まる川面の反射を眺めている人物が視界に飛び込んでくる。

俺にメールを寄こした相手だ。


下唇を噛み締め、凝(こご)った手を開いてチャリから降りる。


カゴに入れた通学鞄をそのままにスタンドを立てて鍵を掛けると、目と鼻の先にある川の前で喫煙し、夕陽を眺めているキャツに爪先を向けた。 


すっかりダークブラウン色に髪が染まっちまっている不良であり元ジミニャーノ、山田健太は手慣れた動作で煙草を口元に運んでいる。


いつの間に煙草なんて吸う柄になったんだよお前、似合わねぇの。

心中で悪態を付きながら俺は健太の名前を呼ぶ。


微かに反応を示す不良は短くなった煙草を地面に落として、ゆっくり俺の方に視線を投げてくる。

哀しそうに笑ったのはその直後のことだ。


「圭太、相変わらず早いな。さすがだよ。土地勘に長けている。おれも近道してきたけど、お前はもっと近道してきたんだろうな。いつもそうだ。圭太は最短ルートを知っている」


普通に話し掛けてくれる健太に胸が締め付けられる思いがするのは……俺だけなのだろうか?

「メールは見たから」

震える声を抑える。

健太は気付かぬ振りをしてくれたようだ。


「ん」軽い返事をした。


此処に呼び出したあいつの考えは容易に察してしまう。

日賀野達と別行動してまで俺を呼び付けた健太のやりたいことは、唯一つ。


それは俺と健太にとって残酷すぎる現実だ。

感情を堪える俺とは対照的に、涼しげな面持ちを作ってこっちを観察してくる相手の考えが読めない。

どう切り出してくるつもりなんだ?


「お前、なんで不良になっちまったんだ?」


相手の出方が怖くて俺から話題を振る。 

他愛もない質問にあいつは肩を竦めて、簡単に答えた。

自分の行った高校が不良ばっかりだったから、流れ的に不良になっただけ。


仲間意識を持たせるために、浮いた存在にならぬように、髪を染めて不良らしく振る舞っているだけなのだと教えてくれた。


ちなみに日賀野チームに入った契機は魚住だったらしい。

キャツと同じクラスになり、それ伝いに日賀野に知り合い、チームに入ったと健太。


大した理由で不良になったわけじゃないようだ。


「不良は恐いけど」


つるむ奴は好い人バッカだ、健太は苦々しく笑って前髪を上げた。


「今度お前と遊ぶ時に不良になってやったって驚かすつもりだったけど……おれの方が先に驚かされちまった。あの圭太が不良の舎弟になっちまうんだもんな。しかもヤマトさんが敵視している不良の頭の舎弟。なんかの嫌がらせだと思ったぜ」


「聞いているよ」お前がヤマトさんの舎弟を蹴って、ボコされたことも何もかも。


不良が笑止する。

真顔を作る健太が目を眇め、低い声で質問を返してきた。


「まだ間に合う。圭太、こっちに来ないか?」


俺にヨウを裏切れって?


無茶言うなよ。

あいつは俺の舎兄、その前に大事な友達なんだ。裏切れるわけないだろうよ。


それこそ今度はヨウ達にフルボッコにされちまうじゃないか。できるわけがない。