「モト。まだかなぁ」


静まり返っている待合室にキヨタの声が響く。

小さな声で呟いたであろう独り言も静寂を保っているこの空間では大きな音に聞こえた。


今、俺達は病院の待合室で待ちぼうけを食らっている。


右肩を負傷したモトを外科に連れて行くと傷が思ったより深かったらしく、七針も縫う大怪我を負ってしまったのだ。


診察その後に親の同意の下、縫合すると伝えられ(縫合には保護者の同意書が必要なんだと)、付添い人の俺達は待合室に追いやられた。


モトは最後まで縫いたくないと駄々を捏ねていたけれど(縫う行為が嫌というより保護者に連絡がいくことが嫌らしい)、この場合は仕方が無いよな。


モトの親御さんと顔を合わせることはなかったけれど、もう到着している頃だろう。


俺の他に付添い人を買っているのはヨウとキヨタだ。


他の皆は待っているであろうチームメートの下に戻ってもらった。

大人数で行っても病院の迷惑になるしな。


これくらいの人数が妥当なんだと思う。


付添い人なんて本当はひとりで充分なんだろうけれど、ヨウは自分の責任だと言って譲らないし、キヨタも親友だからついて行くのだと主張して聞かない。

付添い人の面子を見た俺は二人じゃ不安だったからついて来た。


勿論、モトが心配だという気持ちもある。


そわそわと落ち着かないキヨタは、「大丈夫かな」しきりに心配を口にした。


「大丈夫だって」


俺はそっとキヨタに声を掛け、あいつは強いからと一笑。


不意を突かれた顔をしたけれど、キヨタはうんっと大きく頷き、笑みを返してくる。

キヨタの方は大丈夫そうだな。 


問題は……俺はヨウに目を向ける。

右隣にいるヨウは切迫した表情を作っていた。自責しているようだ。


今回のことはヨウの責任じゃない。誰もが分かっていることだ。


それは怪我をしたモトだって理解している。

自責なんかして欲しくない筈だ。


そっとヨウの肩に手を置く。

ビクッと体を震わせて驚くリーダーに目尻を下げる。


「モトなら大丈夫。そう思い詰めるなって。怪我はお前のせいじゃない。そんな顔をしていたら、モトが悲しむぞ」


ヨウの表情は変わらない。


「完全に俺の失態だ。終わったもんだと気ィ抜いちまった。ツメが甘かった。ちゃんと相手を伸したかどうか確認すりゃ良かった。そしたらモトは……どうして俺は周りを見ることができないんだ」


自責を口走るヨウに、「それがお前の長所でもあるよ」俺は微笑する。


「なあヨウ。お前は確かに周りが見えないところあるよ。猪突猛進っていうかさ。何事にも真っ直ぐだ。でもな、お前のそういう面は悪い面ことばかりじゃない」


「悪いことばっかじゃねえか」


「いいや。周りが見えなくなるまで、友達のことを助けようとする良い面があるじゃないか。俺はそんなヨウの一面を見てお前について行こうと思った。
日賀野の舎弟に勧誘された時は思わず屈しそうになったけど、お前のそういう面を見ていたから結局屈せられなかった。

知らなかったらきっと俺は今頃、日賀野の舎弟になっていたと思う。利二が止めてくれていても、きっと、そう、きっと」


自分を過度なまでに卑下しなくていい。

ヨウのそういう面に救われた人間もいるのだから。


物言いたげな表情を作るイケメンに、


「お前はそのままでいい」


周りが見えないくらいに真っ直ぐでいい。

もし、悪い方向に向かってしまったら誰かがお前を止めてくれる。そう励ました。


「あいつが出て来たら、お前がモトにしてやることはなんだ? 謝罪? 違う。助けてくれた礼を言うことだろ。詫びるより、あいつは礼を言った方が嬉しいと思う」


「――ああ、そうだな」


ようやく綻びを見せるヨウに俺も表情を崩す。