「ケーイ!」




不慣れなあだ名が教室に響き渡った。

クラスメートは学年の問題児の出現に度肝を抜き、俺は軽く腹部を押さえる。


嗚呼、この声は。

おずおずと廊下に視線を流せば、金髪に赤のメッシュを入れているイケメン不良さまが窓枠から上体を乗り出していた。

お前を見るだけで泣きそうになる俺がいるんだけど!


荒川庸一(通称:ヨウ)は、俺に用があるみたいで呼び鈴を総無視。

堂々と教室に入って着席している俺の前に立った。


おいおい、注目度マックスなんだけど! なにこのヤーな注目!



「はよっ、ケイ。やっぱテメェ、朝から学校にいたんだな。ケイは朝から学校いるって言ってたから、久しぶりに朝から登校しちまった」



ニッと笑みを向けてくるヨウに、俺は心中でツッコむ。

朝から登校はフツーだろ、フツー。

表向きの俺は、そりゃもう愛想良く「ヨウ。おはよう」と返してやった。


だって愛想良くしねぇと怖いもん。怖いんだもん不良! てか、チャイム鳴ったよ。自分のクラスに行けって! 俺の前から消えてくれ!


なーんて小生意気なことも言えず、


「ヨウ。お前、メシ食ってないのか? 腹の虫が鳴いてるぞ」


当たり障りのない話題を出して自己防衛策を取る。



「食う暇なかったんだって。しっかも眠い眠い。ダリィな、朝から学校ってのも。寝不足だ、俺」



A―HAHAHA!


俺もお前のせいで軽く寝不足だよ!

不良の舎弟になっちまったんだぜ?! そりゃ寝不足にもなる。


「そうだ、なあケイ。ふけようぜ」

「え?」


いきなり何を言い出すんだ、お前は。


「ふけるって」戸惑う俺に、「サボろうぜ」折角朝から来たんだし、サボらないと損々、ヨウは当たり前のように語る。


お前、何が折角で、何がサボらないと損々だよ。


授業を受けろって。欠課が増えたらお前、進級できなくなるぞ。


「テメェに絶好の場所を教えてやる。行こうぜ」


「い、行こうぜって。あ、ちょっと、あら……じゃない。ヨウ!」



勝手に決めるなっつーの!


でも何も言えない。ノーなんてもっと言えない。そんな度胸あるならとっくに、舎弟の件はお断りしているよ。


俺は泣く泣く席を立って、教室を出る舎兄の後を追った。


「遅ぇ早くしろよ、先公来ちまうだろ」


毒づく舎兄はこっちだと先導してくれる。が、ありがた迷惑な先導だ。


(ううっ、まさか昨日の今日でサボリに誘われるなんて)


断れない俺、乙。

心中で涙ぐみながら、俺は舎兄と一緒に人生初のおサボりを経験することになった。










「ま、マジかよ。田山! 何があったんだ!? たやまー!」


「これは、冗談抜きに心配かも。圭太くん、大丈夫かな」


「やばい系か? 田山、無事に戻って来るといいが」


 
残念なことに、俺の耳には薄情者三人組の心配する声は聞こえていなかったという。